訪問先でお酒のにおいがすることがあります。
アルコール依存症の方を担当したことが何度かあります。毎回、難しいと感じる疾患のひとつです。
「やめたくてもやめられない」
アルコール依存症は「意志が弱い」「自業自得」と思われることがあります。でも、依存症は脳の病気です。
アルコールを繰り返し摂取することで、脳がアルコールなしでは正常に機能できなくなります。急にやめると離脱症状が出る。「やめたくてもやめられない」のは、意志の問題ではなく、脳の状態の問題です。
Kさんのこと
Kさんは、毎日2リットル以上飲んでいました。バイタルは乱れ、栄養状態も悪い。でも「飲まないと眠れない」と言っていた。
「やめてください」と言いたくなる気持ちは正直あります。でも、言っても変わらない。それより「今日何リットル飲んだか」「何か食べたか」を毎週確認し続ける方が、長い目で見て変化につながることが多い。
1年かけて、Kさんの飲酒量は少し減りました。劇的ではないけれど、確実に変わった。
家族への影響
アルコール依存症は、本人だけでなく家族にも大きな影響を与えます。「また飲んでいる」という疲弊感、怒り、あきらめ。家族が限界になるパターンは、家族が限界になるときに書いたことと重なります。
依存症専門のプログラムや自助グループ(断酒会など)と連携することも、訪問看護の役割のひとつです。
Rさんのことを思い出すとき
Rさん、61歳。一人暮らしで、アルコール依存症の診断を受けて数年が経っていました。私が担当になったとき、Rさんは毎日缶ビールを10本前後飲んでいました。「やめたいとは思っている」と言いながら、「でもやめられない」と続けた。
訪問に伺うと、部屋にはビール缶が積み上がっていることがありました。「何本飲みましたか」と聞くと、正直に答えてくれる日と、「少しだけ」と言う日がありました。「少しだけ」と言いながら手が震えているとき、振戦があるときは本数が多かった日の翌朝であることが多かった。
Rさんは「酒をやめたらどうなるか怖い」とも言っていました。「急にやめると死ぬかもしれないと聞いた」と。それは正しい情報です。長年大量飲酒をしていた方が急に断酒すると、離脱症状(振戦、発汗、場合によっては痙攣)が起きることがあります。「やめる前に医師と相談することが必要です」と伝えながら、「急にやめなくていい、一緒に考えましょう」と関わり続けました。
「やめればいい」と言えない理由
アルコール依存症の方に「お酒をやめればいい」と言うことは、簡単です。でも私は言わないようにしています。「やめたくてもやめられない状態」にある人に「やめればいい」と言っても、「わかっているけどできない」という答えが返ってくるだけです。本人はすでにそれを知っていて、自己嫌悪の中にいる。そこに「やめればいい」を重ねることは、「なぜできないんだ」という責めになります。
依存症は「意志が弱い」問題ではなく、「脳の報酬系が変化した」状態です。アルコールを繰り返すことで脳がアルコールに依存するように変化し、「飲まないと辛い状態」になる。「飲む/飲まない」の選択が、意志の力だけではコントロールできなくなる。その理解が、関わり方の出発点です。
Rさんと一緒に考えたのは、「完全にやめる」ではなく「今日は少し減らせるか」でした。「今日は8本にしてみる、それでもいい」という目標。「ゼロでなきゃいけない」という圧力をかけないことで、Rさんが「今日は9本で止めた」と話してくれる日が増えていきました。
アルコール依存症と孤独の関係
Rさんは「飲まないと眠れない」と言っていました。「夜が長い。一人でいると何もすることがない。テレビもすぐ飽きる。飲むと少し楽になる」と言いました。アルコールが「孤独を紛らわす手段」になっていた。
アルコール依存症の方に「なぜ飲むか」を聞くと、「眠れないから」「不安が消える」「孤独が紛らわる」という答えが多い。アルコールが何かを埋めている。その「何か」を直接扱わない限り、「やめさせる」だけでは限界があります。
Rさんには、デイケアへの参加を提案しました。「昼間に人と会える場所があれば、夜の孤独が少し変わるかもしれない」という考えから。最初は「行きたくない」と言っていたRさんが、「試しに1回行ってみた」と報告してきたのは訪問を始めて8ヶ月後でした。「思ったより悪くなかった」と言っていた。
「減った」という変化を認めること
Rさんは完全に断酒できたわけではありませんでした。でも担当して1年後、毎日10本だったのが「週に3〜4日、3〜4本に減った」という変化がありました。「完全にやめていない」という見方もできます。でも「10本から3本に減った」は、Rさんにとって大きな変化です。
「飲んでいる」という事実だけを見れば「変わっていない」に見えます。でも「飲む量が減った」「飲まない日がある」「昼間に人と会うようになった」という変化は確実にあった。「ゼロかゼロでないか」ではなく「どれだけ変わったか」で見ること。その視点が、アルコール依存症の方への関わりでは大切だと感じています。
Rさんは今も訪問を続けています。「この前デイケアで将棋を覚えた」と言っていました。アルコール以外の「楽しみ」が少しずつできてきている。それが、長期的な変化につながっていくと信じています。
「一滴も飲まない」が目標でなくてもいい
アルコール依存症の支援において、昔は「完全断酒」が唯一の目標とされていました。「一滴でも飲んだら失敗」という考え方が長く主流でした。でも近年は「減酒」「ハームリダクション(害の低減)」という考え方も広がっています。
「完全断酒か、失敗か」の二択だと、少しでも飲んだ瞬間に「もう終わった」という気持ちになって、かえって大量に飲んでしまうことがあります(スリップからの爆飲)。でも「今日は昨日より少なかった」「今週は飲まない日が1日あった」という小さな変化を認める考え方では、「一歩進んだ」という体験が積み重ねられます。
Rさんとの関わりでも、「一滴も飲まない」は現実的ではないと判断していました。それより「昨日より少ない」「飲まない日を作る」「飲む量を減らす」という方向で一緒に考えました。「完全にやめないと訪問看護師に怒られる」という恐れではなく、「少し減ったことを一緒に喜べる」という関係が、続けるための力になります。
家族のかかわり方
アルコール依存症の方の家族は、長年「お酒をやめさせようとしてきた」ことが多い。「お酒を捨てた」「瓶を隠した」「泣いて頼んだ」「怒鳴った」——様々な方法を試して、それでもやめなかった。そのうち「もう関係ない」「諦めた」という気持ちになっている家族もいます。
家族にとって難しいのは、「やめさせようとすること」がかえって状況を悪化させることがある、という点です。「お酒をやめさせようとする家族」と「やめさせられまいとする本人」という構図になると、お酒が二人の間の「戦いの場」になる。そのプレッシャーが、かえってお酒へのブレーキを外してしまうことがある。
家族への関わりで私が伝えるのは、「飲んでいることに反応しないこと」です。飲んでいるとき責めない、飲んでいないとき大げさに褒めない。お酒が「注目を集めるもの」にならないよう、「今日調子どう」という普通の会話を続ける。それが難しいことはわかっています。でも「飲む/飲まない」に家族が一喜一憂することで、本人が「お酒で家族を操作できる」状態になることを防げることがあります。
Rさんが「将棋を覚えた」その後
Rさんがデイケアで将棋を覚えてから、「今日は将棋で勝った」「新しい手を教えてもらった」という話が増えました。「飲酒の話より将棋の話の方が多い日もある」という変化が起きました。
「お酒以外に楽しいことができた」という変化は、アルコール依存症の回復において非常に重要です。お酒が埋めていた「楽しさ」「時間」「人との繋がり」が、別のもので埋められ始めたとき、自然とお酒への依存が薄れていくことがあります。「やめさせる」より「別のものを見つける」方が、長期的には力になる。
Rさんの変化を見ながら、「孤独を埋めるものがあれば、お酒に頼らなくていい日が増える」という感覚を強くしました。アルコール依存症は「お酒の問題」だけでなく、「生活全体の問題」です。その生活全体を見るために、訪問看護師がいる意味があると思っています。
「お酒のにおいがしても来る人」という存在
Rさんと関わる中で、「お酒のにおいがしても来る人がいる」という体験が、Rさんにとって重要だったと感じています。家族や友人の多くは、「飲んでいたら話にならない」と思って関わりを避けるようになっていた。でも訪問看護師は、飲んでいても来る。飲んでいても「今日はどうですか」と聞く。
「お酒を飲んでいたことを責められなかった」という体験が、Rさんにとっての安心の基盤になっていたのだと思います。「飲んでいたら来てもらえなくなる」という恐れがなかったから、正直に「飲んだ」と言えた。正直に言えたから、「一緒に減らすことを考えられた」。この流れが、Rさんの変化を支えていました。
アルコール依存症の方への訪問で私が意識するのは、「お酒の話を詰問しないこと」です。「今日は何本飲みましたか」は聞きます。でも「なぜそんなに飲んだんですか」とは言わない。「なぜ」は責めになる。「何本でしたか」は事実の確認です。その区別が、「話しやすい関係」を保ちます。Rさんが将棋を覚えた後も、お酒の話は続きます。でも今は、将棋の話と同じトーンで話せるようになってきました。
「やめなくていい、減らせればいい」という言葉
Rさんに「完全にやめなくていい、減らせればいい」と伝えたとき、Rさんは「そんなこと言う人、初めて」と言いました。「みんなやめろと言う。でもやめられなくて自分が嫌になる」という体験の繰り返しだったようでした。
「やめろ」という言葉は、言う方には明確でいい。でも受け取る側には、「やめられない自分はダメだ」という自己嫌悪になりやすい。自己嫌悪は、かえってお酒への逃げを強めることがある。「今日は少し減った」という言葉に、私が「よかったですね」と返すことで、「減らすことに意味がある」という体験が積み重なっていった。
アルコール依存症の回復は、長い時間がかかります。でも「やめたくてもやめられない」状態の人が「少し減らせた」と感じられる関係を作ることが、その出発点になります。Rさんとの関わりが、それを教えてくれました。
Rさんとの関わりが続く限り、「将棋の話」と「お酒の話」は続きます。「将棋の話が増えた」という変化を、私は小さくガッツポーズしながら記録しています。アルコール依存症の回復は、「やめること」だけでなく「生活が豊かになること」でもある。Rさんが「また勝った」と言う日を、楽しみにしながら訪問しています。
アルコール依存症の回復には、「支える人がいること」が欠かせません。「やめろ」と言い続ける人より、「今日は何本でしたか」と普通に聞いてくれる人の方が、続けやすい。Rさんとの関わりの中で、「責めない関わり」の力を学びました。責めない、でも見続ける。それがアルコール依存症の方への支援の基本だと、今も思い続けています。
アルコール依存症の方と関わるとき、「変わらないこと」を責めないことと、「少しでも変わったこと」を一緒に喜ぶことを大切にしています。Rさんの将棋の話が続く限り、訪問も続けます。
「責めないこと」と「続けること」——アルコール依存症への関わりで学んだ二つの原則を、Rさんとの日々が教えてくれました。これからも将棋の話と共に、訪問を続けます。
Rさんが「また勝った」と言う日を待ちながら、今週も玄関を叩きます。アルコールの話も将棋の話も、どちらも大切にしながら。
Rさんが将棋で勝った日も、飲んだ日も、どちらも知っている——それが関係です。続けることが支援の核心。
Rさんの変化は続いています。将棋の話と共に、アルコールとの戦いも続く。それを一緒に見守り続けます。
Rさんとの関わりは続く。将棋と共に、回復も続いています。
Rさんの回復は続く。将棋と共に。
坂本なつ(精神科訪問看護師・12年)