「また薬をやめてしまっていた」という話を、訪問先で聞くことは珍しくありません。服薬を続けることが回復の土台になる——頭ではわかっていても、やめてしまう。そして状態が悪化して、気づいたときには入院になっていることもある。「なぜやめてしまうのか」を責めるより、「なぜやめたくなるのか」を一緒に考えることが大事だと、12年の現場で学びました。今日は、私が現場で聞いてきたリアルな声を書いてみます。
そもそも「飲み続けること」はなぜ難しいのか
精神科の薬は、多くの場合「飲み続けること」が前提です。症状が出たときだけ飲む薬もありますが、抗精神病薬や気分安定薬の多くは、毎日継続して飲むことで効果を発揮します。でも「毎日欠かさず飲み続ける」は、健康な人にとっても難しいことです。風邪薬でさえ途中でやめてしまう人は多い。精神科の薬は、それを何年も続けなければならない。しかも副作用があり、「自分は病気だ」という実感を伴い、効果を実感しにくいことも多い。「なぜ飲み続けるのが難しいのか」は、むしろ当然のことだと思っています。
理由① 副作用がつらいから
これが最も多い理由です。眠気がひどくて日中起きていられない。体が重くてだるい。手が震える。体重が増える。口が乾く。便秘が続く——これらは「よくある副作用」として医師も把握していますが、それが「どのくらい生活を邪魔しているか」は、本人しかわかりません。
ある方は「薬を飲むと一日中眠いから、薬を飲んでいる間は生きていないのと同じ気がする」と話してくれました。症状は落ち着いても、「眠い一日」しか手に入らないなら、やめたくなるのは当然です。副作用で薬をやめたいと思う方に対して、私が大事にしているのは「やめたいという気持ちを否定しない」ことです。副作用がつらいならつらいと言っていい。そのうえで「主治医に相談すれば変更できるかもしれない」という選択肢を一緒に考えます。「先生には言いにくい」という方には「私から伝えましょうか」と提案することもあります。薬を一方的に飲み続けさせることが看護師の仕事ではなく、「どうすれば飲み続けられるか」を一緒に考えることが仕事だと思っています。
理由② 飲む自分を認めたくないから
「薬を飲む=自分は病気だ」という気持ちが、薬をやめる動機になることがあります。特に若い方や、発症してまだ日が浅い方に多い印象があります。「こんなはずじゃなかった」「薬がなくても普通に生きていきたい」——その気持ちはよくわかる。
ある方は「薬を飲むたびに、自分が壊れていると思い知らされる気がする」と言いました。毎日、毎食後、薬を飲むたびに、自分の病気を突きつけられているような感覚。それは相当つらいことだと思います。こういうケースでは、薬に対する意味づけを少しずつ変えていく関わりが必要です。「薬は弱さのしるしではなく、生活を守るための道具」という見方が持てるようになると、変わることがある。高血圧や糖尿病の薬と同じように「調整するための道具」として捉えられるといい。すぐには変わりませんが、時間をかけて話し続ける価値のある話だと思っています。
理由③ 調子が良くなったから必要ないと思った
「最近調子がいいから薬をやめた」というパターンも非常に多いです。一見すると合理的に見えますが、これが再発につながりやすい。「調子がいいのは薬のおかげ」という側面があります。薬で症状が抑えられているから安定している——だから薬をやめると、また症状が出てくる。理屈ではわかっていても、実感として持ちにくいことです。
Bさんという方の話を思い出します。毎年、状態が安定してくる時期になると「もう薬はいらない気がする」とやめてしまい、しばらくして悪化して入院になるというサイクルを繰り返していました。ある年、「やめようとしている」という話を聞いたとき、「やめる前に主治医に一度聞いてみてもらえませんか」とだけお願いしました。主治医に相談した結果、量を少し減らすことで折り合いがついた。「やめる」ではなく「減らす」という選択肢を一緒に見つけられたことが変化につながりました。その後は入院のサイクルが止まりました。「やめたい」という意志を否定せず、別の形の「変化」を一緒に探すことが大事なのだと思っています。
理由④ 妊娠・体の変化で「やめなければ」と思った
妊娠がわかって精神科の薬を自己判断でやめてしまうケースがあります。これは非常に難しい問題です。
あるとき、妊娠中の方が「赤ちゃんに影響があると思って、誰にも言わずにやめてしまった」と話してくれました。Sさん、20代の女性です。悪阻がひどい時期から精神科の薬を飲まずに過ごしていた。精神科の薬を中断してから食欲が戻ってきたとも言っていました。「やめることで体感的に良くなった部分がある」と。血圧は低めで悪阻もありましたが、「食べられるようになった」という感覚は彼女にとって確かなものでした。
でも一方で、精神状態は少しずつ不安定になってきていました。表情が硬く、不安感が顔に出ていた。「不安はあります」と言いながら「でも赤ちゃんのために薬はやめないといけないと思って」と。誰にも相談できずに一人で抱えていた時間の重さが、その言葉に滲んでいました。夫が産婦人科の通院に付き添ってくれているとのことでしたが、精神科の薬については誰とも話せないでいた。「仕事は7月末まで休職なので、その後のことはその時に考えます」と言っていた言葉が印象に残っています。先のことを一歩一歩しか考えられない状態でした。
妊娠中の服薬については、主治医と産婦人科の医師が連携して判断する必要があります。やめた方がいいケースもあれば、やめない方がいいケースもある。「赤ちゃんのために薬をやめなければ」という気持ちは当然ですが、一人で判断せずに必ず相談してほしいと伝えました。「言いにくかったと思うけど、話してくれてよかった」と。彼女はその言葉を聞いて少し泣きました。「怒られると思ってた」と言っていました。
理由⑤ 飲み忘れが積み重なって
意図してやめるわけではなく、飲み忘れが続いて「気づいたらやめていた」状態になることもあります。1日3回の薬は単純に忘れやすい。仕事が忙しい日、生活リズムが乱れているとき、体調が悪い日——飲み忘れのきっかけはいくらでもあります。
対策として使われるのが、一包化(1回分ずつ袋に入れてもらう)、お薬カレンダー、スマートフォンのアラーム設定などです。私が担当する中で、毎回一度もスキップせずに内服できている方がいます。Jさん、80代の男性。「本日もスキップせずに内服済み」と毎回記録に書けるほど、内服が習慣に根づいています。本人に聞いたら「薬カレンダーに貼って、ラジオ体操の前に確認するのが習慣になった」とのことでした。朝のルーティンに薬を組み込むことで、「飲む前提」の生活になっている。小さなルーティンが長く続けられる基盤になることがあります。
「薬が効いた瞬間」を知ってほしい
薬の効果を実感できた瞬間として、忘れられない話があります。長年、幻聴と一緒に生活してきた若い女性が、薬が変わってしばらくしてから「あれ、最近聞こえないな」とポツリと言ったのです。Lさん、20代。それまでは「イライラする」「感情が爆発しそうになる」——そういった状態が続いていました。母親も「最近、日に日にひどくなっていく気がする」と心配していた。
新しい薬に変わってから数週間後の訪問のとき、彼女は「なんか最近、聞こえなくなった」と言いました。「聞こえなくなった」——その短い言葉に、どれだけの月日が詰まっているか。長い間ずっと、声と一緒に生きてきたことを、私はそのとき改めて実感しました。「イライラも減った気がする」とも言っていた。薬が変わっただけで、ここまで変われる。薬が効いているかどうか、見えにくいことが多い。でも「効いた瞬間」は確かにある。そういう体験が、「薬を続けることに意味がある」という実感につながることがあります。
訪問看護師が服薬支援でできること
「薬を飲ませるのが看護師の仕事」ではありません。でも訪問看護師だからこそできる服薬支援があります。まず「毎回確認すること」。「今週飲めましたか」を毎回聞くことで、飲めなかった理由が見えてくる。それが「副作用で気持ち悪かった」なら主治医に伝えられる。「仕事が忙しすぎて忘れた」なら時間帯や管理方法を変える工夫ができる。「確認されること」自体が継続の支えになることもあります。
次に「飲み合わせや量についての橋渡し」。「この薬を飲むと眠い」「量を増やしてから体が重い」——こういった訴えを主治医に正確に伝える役割があります。本人が「先生に言いにくい」と感じている場合は特に、訪問看護師が仲介することで調整できることがある。そして「飲み続けることの意味を一緒に考えること」。薬を飲む意味が本人の中でゼロになったとき、飲み続けることは難しくなります。「薬で何が変わったか」「飲まなくなった時期はどうだったか」を一緒に振り返ることが、意味を取り戻す助けになります。
「やめた」と言えることの大切さ
薬をやめたいという気持ちを、誰にも言えずに一人で抱えている方が多いです。「言ったら怒られる」「また入院させられる」——そう思って黙ってやめてしまう。でも、やめる前に「やめたいんだけど」と言ってもらえれば、一緒に理由を聞いて、主治医に相談したり、薬を変えたり、量を調整したり、別の選択肢を考えることができます。やめてしまった後より、やめる前に話してもらえる方が、できることがずっと多い。
私が大事にしているのは、「正直に言ってくれてありがとう」と伝えることです。責めない、非難しない。それが次に迷ったときにまた話してもらえる関係につながっていきます。薬を飲む飲まないの判断は最終的に本人のものです。だからこそ、判断する前に相談してもらえる関係でいたい。そのために、「正直に話しても怒られない」という安心感を積み重ねることが、訪問看護師にできる大事なことだと思っています。
再入院と服薬の関係については再入院を繰り返す本当の理由に、統合失調症の薬については統合失調症とはどんな病気かにも書いています。
「飲まなかった時期」を振り返ることの意味
服薬を中断した経験がある方と話すとき、「飲まなかった時期はどうでしたか」と聞くことがあります。責めるためではなく、「その時期に何があったか」「飲まなくなった理由は何だったか」を一緒に振り返るためです。
「やめていた間は最初は調子が良かったけど、3週間後から眠れなくなった」「副作用がなくなって楽だったけど、声が聞こえ始めた」——こういった振り返りの中に、「飲み続ける理由」が見えてくることがあります。「飲まなかった結果」を自分で語ることで、「だから飲み続ける意味がある」という納得につながる。他人に言われるより、自分で語ることの方が心に残ります。
服薬管理は毎回の訪問で確認しますが、「管理されている」と感じさせないことを大切にしています。「確認する」ではなく「一緒に確認する」。「飲めていましたか」ではなく「今週どうでしたか」と聞くことで、本人が主体的に話せる場が生まれます。服薬は本人の生活の一部であって、看護師の管理下に置かれるものではないと思っています。
「やめたこと」を責めない関わり
「また薬をやめていた」と聞いたとき、私は「なぜやめてしまったんですか」とは聞かないようにしています。「なぜ」という問いは、責めているように受け取られることがある。代わりに「やめてみてどうでしたか」と聞くようにしています。やめた理由より、やめていた間の体験を聞く。「最初は眠気がなくなってよかった」「でも2週間後から不安が強くなった」——その語りの中に、次の服薬継続へのヒントが隠れていることがあります。責めずに聞くことで、本人が自分で気づくことができる。それが、次に変わるための力になります。
服薬については、「飲めている」こと自体を小さく認めることも大事です。毎日飲み続けることは、思っている以上に大変なことです。「今週全部飲めましたね」という一言が、次の週への動機づけになることがあります。
薬と向き合い続けることは、自分の病気と向き合い続けることです。それを毎日やっている人たちに、私はいつも敬意を感じています。
坂本なつ