「精神科訪問看護って、何をするんですか?」と聞かれることがあります。病院の看護師とどう違うのか、何をしてくれるのか、どんな人が対象なのか——知っているようで知られていないのが精神科訪問看護です。12年この仕事をしてきた私が、できるだけ正直に、具体的に説明してみます。
一言で言うと「生活の中に入る看護」
精神科訪問看護とは、精神疾患のある方の自宅を看護師が訪問して、生活を支える看護サービスです。病院やクリニックに来てもらうのではなく、こちらから行く。それが最大の特徴です。
「生活の中に入る」という感覚は、実際にやってみるまでわかりませんでした。病棟での看護は、医療の場の中でケアをします。でも訪問看護は、相手の生活の場で関わります。部屋の散らかり方、冷蔵庫の中身、カーテンが開いているかどうか、どんな音楽が流れているか——そういったことが全部、その人の状態を教えてくれます。病院ではそれが見えない。生活の中にしか見えない情報があります。
具体的に何をするのか
「何をするのか」と聞かれると、最初はうまく説明できませんでした。いろいろなことをするから。でも大きく分けると、①状態の確認、②服薬支援、③生活支援、④家族・関係機関との連携、の4つになります。
状態の確認は、バイタルサイン(血圧・脈拍・体温)の測定と、精神症状の確認です。「眠れていますか」「食事は取れていますか」「気になることはありますか」という問いかけから始まって、表情・言動・姿勢・身だしなみ・部屋の状態を観察します。問診票に書いてもらうのではなく、話しながら、一緒にいる中で確認していきます。
服薬支援は、薬が飲めているかの確認と、飲めていない場合の理由を一緒に考えることです。「管理する」というより「一緒に確認する」感覚で関わります。副作用で困っていれば主治医に伝える橋渡しもします。
生活支援は幅広いです。買い物への同行、通院への付き添い、金銭管理のアドバイス、日中の過ごし方を一緒に考えること——「医療的なこと以外はやらない」という訪問看護ではありません。その人の生活全体を一緒に見ていく、というのが精神科訪問看護の姿勢です。
家族・関係機関との連携は、主治医への情報提供、ケアマネジャーや相談員との連絡調整、必要であれば家族への説明や支援も含みます。本人だけを見るのではなく、本人を取り巻く環境全体を支える役割があります。
「病院の看護師」との違いは何か
病棟の看護師は、「病院の中」で患者さんと関わります。決まった時間にバイタルを測り、薬を配り、医師の指示を実行する——「医療機関の中での看護」です。でも精神科訪問看護師は、「生活の中」で関わります。1回の訪問は30分〜1時間程度。その時間の中で、状態確認から生活支援まで幅広くやります。
もう一つ大きな違いは、「断られることがある」ということです。病棟では患者さんがそこにいるから関われます。でも訪問看護は、ドアを開けてもらわないと始まりません。「今日は来ないでください」と言われることがある。その時にどうするか、どう関係を修復するか——病棟にはない難しさがあります。
どんな人が対象なのか
精神科訪問看護の対象は、精神疾患のある方で、通院しながら地域で生活している方です。統合失調症、双極性障害、うつ病、発達障害、認知症など、疾患の種類は様々です。入院中ではなく、地域で生活している方が対象です。
年齢も幅広い。私が担当してきた方の中には、10代の方もいれば80代の方もいます。20代の若い方から、80代のお年寄りまで。Jさんという80代の方は、毎朝のラジオ体操をきっちりこなして、内服も一度もスキップしない。テレビを見ながら談笑される穏やかな方です。Lさんという20代の方は、幻聴があって不安定なことが多かったけれど、薬が変わってから「聞こえなくなった」と言えるようになった。この二人の間には60年以上の年齢差がありますが、どちらも「精神科訪問看護」の対象です。
「見えない部分」を見る仕事
この仕事を長くやっていて感じるのは、「見えない部分を見る仕事だな」ということです。
精神症状の多くは、外から見えません。幻聴があっても、外見からはわからない。過去に自殺を考えていた経験があっても、普通に話している中には見えません。「今日は来ないで」と言っていた人が、本当は「でも来てほしい」と思っているかもしれない。
逆に、「大丈夫です」と言っていても、部屋の状態や表情が崩れているとき、「本当に大丈夫か」と確認することが大事です。「大丈夫」という言葉を鵜呑みにせず、でも疑いすぎず——その見極めが訪問看護師の仕事の核心だと思っています。
「利用したい」と思ったらどうすればいいか
精神科訪問看護を利用するには、主治医の指示書が必要です。まず主治医に「訪問看護を使いたい」と相談してください。主治医が指示書を書いてくれれば、訪問看護ステーションと契約して開始できます。
費用については医療保険と介護保険の違いがありますが、精神科の訪問看護は多くの場合、医療保険で利用できます。1回あたりの自己負担は、医療保険の3割負担なら数百〜千数百円程度です。詳しくは精神科訪問看護の費用に書きました。
「どんな訪問看護ステーションを選べばいいか」については、「精神科専門」を掲げているステーションか、精神科経験のある看護師がいるステーションを選ぶことをおすすめします。一般の訪問看護ステーションでも対応できる場合はありますが、精神科特有の関わり方(境界設定、服薬支援、危機介入など)に慣れているかどうかは重要な違いです。
この仕事でしか感じられないこと
病棟を辞めてこの仕事を始めたとき、「本当に看護ができているのか」と思うことがありました。注射もしない、処置もしない、病院のような医療処置は何もしない。「これは看護じゃないかもしれない」と思った時期もありました。
でも今は、「これが自分にとっての看護だ」と思えています。毎週訪問を続けた積み重ねで「来てもいいかな」という言葉をもらったとき。「怒鳴られた翌週も行って良かった」と感じたとき。「聞こえなくなった」という一言を聞いたとき——そういう瞬間に、「この仕事をやっていてよかった」と感じます。
精神科訪問看護師になった経緯については精神科訪問看護師になった理由に書きました。一日の仕事内容については精神科訪問看護師の一日もご覧ください。
Jさんとの関わりから見えたこと
Jさん、73歳。統合失調症の診断を受けて30年以上になります。長年、市営住宅に一人で暮らしてきた方です。私が担当になったとき、Jさんは「看護師が来ても意味がない」という構えを持っていました。「これまでいろんな人が来たけど、何も変わらない」という言葉を、初回訪問のときに言われました。
私はその言葉を、否定しませんでした。「そうですね、何も変わらないこともあります」と答えました。Jさんは少し意外そうな顔をしていた。「でも、私はJさんのことを知りたくて来ました」と続けると、「まあ、せっかく来たんだから上がれ」と言ってくれた。それが始まりでした。
Jさんは毎朝6時に起きて、近くの公園でラジオ体操をするのが習慣でした。晴れでも雨でも、「30年以上欠かしたことがない」と誇らしげに言っていた。服薬も、私が確認しなくても毎日飲めていた。「薬は飲まないと声が出てくる。声が出てきたら体操に行けなくなる。それが嫌だから飲む」——Jさんには、自分なりの服薬の理由があった。
精神科訪問看護は、「できていないことを補う」だけではありません。Jさんのように、自分で生活を回せている方の場合、訪問看護の役割は「崩れそうなときにすぐ気づけるようにしておくこと」になります。状態が安定しているときに関係を作っておくことで、何かあったときにすぐ相談してもらえる。それが大切な機能のひとつです。
Lさんが「聞こえなくなった」と言った日
Lさん、22歳。幻聴が主症状の統合失調症で、私が担当になってから1年半ほど経ちます。最初は「声がうるさくて集中できない」「外に出るのが怖い」という状態でした。毎回の訪問で「今日は何回くらい聞こえましたか」と確認し、記録していました。
ある訪問日、Lさんが「最近、あんまり聞こえないんですよね」と言いました。「どのくらい?」と聞くと「3日間、ほぼ聞こえなかった」と。「それはすごいですね」と言ったら、Lさんが照れくさそうに笑いました。その笑顔が、忘れられません。「声が聞こえなかった3日間、何をしてたんですか」と聞くと、「ずっとピアノ弾いてた」と言った。
Lさんは中学生のころからピアノを弾いていましたが、発症してから「音が恐ろしく聞こえる」ことがあって、しばらく弾けない時期が続いていた。それが戻ってきた。「ピアノを弾いているとき、他の声が入ってこない」とLさんは言っていました。これは本人にとって大きな発見でした。
精神科訪問看護は、症状を「管理する」ためだけのものではないと思っています。Lさんのピアノのように、その人が「これをすると楽になる」ということを一緒に見つけていく。その発見が、長期的な安定に繋がります。「声が聞こえなくなった理由がわかった」という体験は、Lさんに自信を与えました。
「対象外」という言葉について
「精神科訪問看護の対象は誰ですか」という質問をよく受けます。端的に言うと、精神科の医療機関に通院・通所している方で、主治医が訪問看護を必要と判断した場合に対象になります。統合失調症、双極性障害、うつ病、不安障害、発達障害、認知症を伴う精神症状など、幅広い疾患が対象になります。
「うちの家族はひきこもりなんですが、対象になりますか」という相談もあります。ひきこもり自体は診断名ではありませんが、その背景に精神疾患がある場合は対象になることがあります。まず主治医やクリニックに相談してみることが第一歩です。もし「相談できる主治医がいない」という場合は、地域の精神保健福祉センターに問い合わせることもできます。
訪問看護を利用するには医師の「訪問看護指示書」が必要です。指示書があれば医療保険または障害福祉サービスで利用できます。費用については別の記事に詳しく書きましたが、医療保険を使った場合、多くの方が月数千円程度の自己負担で利用できています。「お金がかかるから無理」と思っている方にも、ぜひ一度確認してほしいと思います。
「看護師が来ることの意味」を考え続けること
12年この仕事をして、「訪問看護師が来ることの意味とは何か」という問いを、今も持ち続けています。「来ることで安心できる」という方もいる。「来られると緊張する」という方もいる。「来ても別に何も変わらない」という方もいる。
でも私が気づいたのは、「変わらなくてもいい」ということです。毎回すごいことが起きなくても、毎週同じ人が同じ顔で来て、「今週はどうでしたか」と聞いてくれる——その繰り返しの積み重ねが、「自分の生活は誰かに見てもらっている」という感覚を作る。その感覚が、崩れそうなときに踏みとどまる力になることがあります。
Jさんは最近、「あんたが来ると、今週も無事だったなと思える」と言ってくれました。「何も変わらない」と言っていたJさんが。それを聞いて、この仕事をしていてよかったと思いました。
精神科訪問看護は、「この人が今どんな状態か」を継続して観察できる数少ない支援のひとつです。外来診察は月1〜2回15分前後。でも訪問は週1〜2回、自宅で30〜60分。その違いが、見えるものを変えます。「先生には言えないけど、あなたには言える」という言葉をもらうたびに、この仕事の意味を感じます。
「在宅でも、専門的なケアを受けられる」という選択肢が広く知られることで、精神疾患を持つ方の生活はもっと安定すると信じています。知ることが、使うことへの第一歩になります。
精神科訪問看護を知ってほしい、使ってほしい——そう思い続けながら、今日も利用者さんの玄関を叩いています。
「精神科訪問看護とは何か」——その答えは、関わり続ける中でしか見えてきません。
知ることが、使うことの第一歩です。
それが、この仕事の醍醐味です。
今日も玄関を叩きます。
今日も。
坂本なつ