精神疾患を抱えながら、一人で生活している方を訪問することが多いです。家族が近くにいない。サポートしてくれる人が身近にいない。でも、一人で暮らしている。そういった方の「生活の実際」を、私は現場で毎週見ています。

「一人暮らしは難しいから、家族と一緒に住んだ方がいい」という意見があります。でも、一人暮らしを選ぶことには理由があることが多い。自分のペースで生活したい、家族との関係が難しい、グループホームや施設を経て独立した——様々な背景があります。一人暮らしを否定するより、「一人で暮らし続けられるように一緒に考える」ことが、訪問看護師の役割だと思っています。

訪問のたびに確認する3つのこと

一人暮らしの方を訪問するとき、必ず確認することがあります。

まず「食事ができているか」。冷蔵庫の中を見せてもらうことがあります。「ちゃんと食べています」と言っていても、冷蔵庫が空だったり、賞味期限切れのものばかりだったりすることがある。食事は体力と精神状態の両方に直結するので、「何を食べているか」を知ることは大事です。「最近食欲がない」という訴えは、状態悪化のサインであることも多い。

次に「睡眠が取れているか」。「夜眠れない」という訴えが続くとき、状態が変化しているサインであることが多いです。眠れない原因——不安が強い、声が聞こえる、体がだるい、夜中に目が覚める——それぞれで対応が変わります。睡眠の状態は、精神症状の変化を教えてくれるバロメーターのひとつです。

そして「薬が飲めているか」。一人暮らしの場合、薬の管理を誰かに見てもらえない。飲み忘れが続いても気づかれない。だから訪問のたびに確認することが必要です。薬カレンダーを使ってもらうことで、「飲んだ日・飲んでいない日」が目に見えるようになる。それだけで継続率が上がることがあります。

Cさんのこと——職場の問題を持ち帰らずにいられない

Cさん、40代の女性。一人暮らしをしながら仕事を続けている方でした。精神疾患があり、ずっと通院しながら働いてきた。

Cさんが最近しんどいと話してくれた理由のひとつが、職場の男性の同僚でした。休憩時間に後ろについてくる、昼休みに一緒のペースで入ってくる、帰り道に後ろからくっつくように歩いてくる——「ストレスが溜まっている」という言葉で表現していましたが、その詳細を聞いていると、じわじわと消耗している様子が伝わってきました。「職場には正直に話せないから、看護師さんに話している」と言っていた。

「昼休憩に電話で話したいんだけど、同僚が近くにいて話せない。だからストレスが倍増する」と言っていました。吐き出す場所がない、話せる時間がない——一人暮らしだからこそ、職場の悩みを家に持ち帰っても誰かに話す相手がいない。「家では一人で抱えることになる。本当は家に持ち帰って考えたくないのに」と話してくれました。

私は「仕事の帰り道に電話してください」と伝えました。家に着くまでの間なら、一人の時間がある。その間に話せれば、家に持ち込む前にある程度吐き出せる。小さな工夫ですが、「帰り道に話す」が習慣になってから、Cさんの夜の状態が少し安定してきました。

Iさんのこと——書類を理解できなくて泣いた

Iさん、50代の女性。知的障害もある方で、精神疾患と合わせて長年通院しながら一人で生活してきました。

心理士と一緒に障害年金の申請書類を記入したとき、書類の意味が理解できなかった。「やっぱり自分は理解できない人間なんだ」と落ち込んだと話してくれました。外出中に急に涙が出ることがあるとも言っていた。

Iさんにとって、「書類が読めない・理解できない」という体験は、何度繰り返しても傷つくことでした。知っているけど、できない。「わかっているけどできない自分」への苛立ちと悲しさが混ざっているように見えました。頓服薬を使うことで落ち着くことがありましたが、「薬を飲まないと安定できない自分」への複雑な気持ちもあった。

一人暮らしで精神疾患があり、知的な困難も重なっている場合、生活の中で「難しい」と感じる場面が多い。行政の手続き、郵便物の確認、電話の対応——「普通のことが難しい」という経験が積み重なると、外に出ることへの不安が生まれることがあります。

「孤立」を防ぐために

一人暮らしで精神疾患がある方にとって、最大のリスクのひとつが「孤立」です。誰とも話さない日が続く、困ったことを誰にも言えない、助けを求める先がない——そういった孤立が、状態の悪化につながることがあります。

孤立を防ぐために、訪問看護のほかに使えるリソースがあります。デイケアや地域活動支援センターなど、日中に人と過ごせる場所。相談できるケースワーカーや精神保健福祉士。家族や近所との緩やかなつながり——「完全に孤立しない」ための網の目を、どれだけ作れるかが重要です。

訪問看護もその網の目のひとつです。週に1〜2回の訪問でも、「週に1回は誰かが来る」という安心感が安定の支えになることがある。「来てくれる人がいる」ということが、一人暮らしを続けられる理由になっている方もいます。

一人暮らしを続けるためのサポートを使い切る

精神疾患があっても一人で暮らし続けたいという気持ちは、とても大切なものだと思っています。「自分の生活を自分でコントロールしたい」という意志は、回復の力になります。でも、一人でなんでも抱えようとすると限界が来る。「使える支援を使うことが、一人暮らしを続ける力になる」という考え方が大事だと思っています。

訪問看護、デイケア、ヘルパー、相談支援専門員——これらは「自立できない人が使うもの」ではありません。「一人暮らしを続けるための道具」です。使うことで、長く自分の生活を守れる。Cさんも、Iさんも、そのことを自分なりに体現しながら生活しています。

精神疾患と生活全般については精神科訪問看護とは何かに、薬の管理については薬をやめてしまう理由にも書いています。

Cさんが「帰り道に電話してくれ」と頼んできた理由

Cさん、43歳。職場の男性からのつきまとい被害がきっかけで、PTSDと診断されたあと、職場を退職して一人暮らしを続けてきた方です。退職後しばらくは家から出られない状態が続き、夜中に「誰かに見られている気がする」という訴えがありました。

Cさんが「帰り道に電話してくれ」と頼んできた日のことを覚えています。「診察の帰り道が怖い。誰かと話しながら歩いていると、少し落ち着けるんです」と言っていた。私は承諾しました。通話しながら帰宅するのが習慣になった時期がありました。「今どこですか」「もう曲がり角ですか」——そのやりとりをしながら、Cさんは自分で歩けていた。

ある日、「今日は大丈夫です。一人で帰れそうです」と言ってきました。小さな変化でしたが、私には大きく見えました。「帰り道に誰かの声が必要だった人」が、「一人で帰れる」と言える日が来た。それはCさんにとって、1年以上かけて取り戻してきたものです。

Iさんが「書類が読めない」と泣いた日

Iさん、57歳。長年の統合失調症で、認知機能の低下もみられるようになってきた方です。一人暮らしで、息子さんは遠方に住んでいて連絡が取りにくい状態でした。

ある訪問日、Iさんが封筒を持って玄関に立っていました。「これが読めないんです。怖くて。開けたんだけど、何が書いてあるのかわからなくて」と言いながら、涙が出てきた。手紙を見ると、区役所からの手続き書類でした。更新手続きの期限が3日後になっていました。「一緒に読みましょう」と言って、一文ずつ確認しながら内容を説明しました。必要な箇所に付箋を貼って、「ここに名前と日付を書くだけでいいです」と伝えると、Iさんはほっとした表情で「よかった」と言いました。

一人暮らしで精神疾患がある場合、こうした「日常の書類が読めない」「手続きが怖い」という場面が積み重なって、孤立が深まっていくことがあります。「誰かに聞けばいいだけのこと」が、聞ける人がいないために手がつかないまま放置される。訪問看護師がそこに入れる意味は、「専門的な医療処置」だけではなく、「書類を一緒に読む」という関わりにもあると思っています。

一人暮らしで「危機」が見えにくくなる仕組み

精神疾患のある方が一人暮らしをする場合、問題が「見えにくい」という難しさがあります。家族が同居していれば「最近様子がおかしい」「食事を取っていない」「夜中に部屋を歩き回っている」ということに気づける。でも一人暮らしでは、誰もそれに気づかない。

私が担当するある方は、状態が悪化すると外出が増えます。「良くなると引きこもり、悪くなると外に出る」という逆のパターンを持っている。「出かけているから元気そうだ」と思ってしまいがちですが、実際は「家にいると声が追いかけてくる気がして、外に出ないといられない」という状態のことがある。こうした個別のパターンを知るためには、時間をかけて一緒にいる中で気づくしかありません。

一人暮らしの方への訪問で私が特に注意するのは、「冷蔵庫の中身」「ゴミの状態」「郵便物の積み重なり」の三つです。冷蔵庫に食べ物がなければ食事が取れていない可能性がある。ゴミが増えていれば生活が回っている、減っていれば食事量が落ちているかもしれない。郵便物が積まれていれば書類が処理できていない。部屋を見るだけで、その人の1週間がわかることがあります。

「助けてと言えない」という問題

一人暮らしで精神疾患のある方が陥りやすいパターンのひとつに、「助けてと言えない」があります。「迷惑をかけたくない」「自分でなんとかしなければ」「看護師さんに言うほどのことでもない」——そう思って、ひとりで抱えてしまう。

Cさんもそうでした。電話をお願いしてきたのは、珍しい例で、普段は「大丈夫です」と言い続ける人でした。あるとき「本当のことを言っていなかった」と話してくれたことがあります。「毎回『大丈夫』って言ってたけど、全然大丈夫じゃなかった。でも、どう言えばいいかわからなかった」と。「じゃあ、大丈夫じゃないときはどんな気持ちでしたか」と聞いたら、少し間があって「怖かった」と言った。

「怖い」と言えることが、次の一歩だと思っています。「大丈夫じゃない」と伝えるためには、まず「大丈夫じゃない」と感じていることに気づく必要がある。そしてそれを「言っていい相手がいる」という信頼が必要です。その信頼を作るために、訪問看護師は定期的に関わり続けます。何もなくても来る、を繰り返す。それが「言っていい関係」を育てていきます。

「見守られている」感覚が安心の土台になる

一人暮らしの方への訪問で私がよく感じるのは、「誰かに見ていてもらえているという感覚」がいかに大事か、ということです。週1回の訪問でも、「来週また来る人がいる」という事実が、その1週間の支えになることがある。「今週なにかあったらどうしよう」という不安の中に、「あの人には話せる」という一点の安心があるだけで、過ごし方が変わることがあります。

Cさんが一人で帰れるようになった背景には、「帰り道に話せる人がいた」という経験の積み重ねがあったと思います。「一人でできた」は、「一人でやるしかなかった」から生まれるのではなく、「誰かと一緒にやってきた先」に生まれることが多い。一人暮らしの支援においても、「一人で頑張らせる」のではなく「一緒にいる時間をつくる」ことが、自立への道になります。

一人暮らしで精神疾患を抱えることは、「孤独との戦い」でもあります。でも、週に一度でも「来てくれる人がいる」ことで、その孤独に少し隙間ができる。その隙間から、「もう少し続けてみよう」という気持ちが育つことがある。CさんもIさんも、「一人じゃない」という感覚を大切にしながら、それぞれのペースで今日も生活を続けています。

一人暮らしの生活は、孤独と隣り合わせです。でも「一人でいても、誰かに見てもらっている」という感覚は、毎週の訪問の中で少しずつ育てていけます。それがCさんやIさんにとっての支えになっています。

「一人でも、見ていてくれる人がいる」——その安心が、今日を生きる力になります。

今日もCさんは一人で帰っています。


坂本なつ

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