訪問看護を12年やってきて、利用者さんから教わったことがたくさんあります。

「看護師が教える立場」のはずが、逆に教えてもらってばかりだな、と思うことがある。

「薬の副作用、先生に言えないんです」

これを最初に聞いたとき、「なぜ?」と思いました。副作用があるなら言えばいいのに、と。

Mさんが教えてくれました。「先生は忙しそうだから。また薬が変わるのも面倒だし。言っても信じてもらえないかもと思って」。

なるほど、と思いました。私には「言えばいい」と思えることも、診察室の空気の中では言い出せない。その感覚を、訪問看護師は橋渡しできる立場にある。それから「最近薬で気になることはないですか」を毎回聞くようになりました。

「来てくれる人がいると、頑張れる」

Nさんが言った言葉です。

「来てくれる人がいると、部屋を少し片付けようと思う。ゴミくらい捨てておこうと思う。それだけで、ちょっと違う」

訪問が「来られる準備をする」動機になっている。そんなことは考えたことがなかった。

「治る、じゃなくて慣れる、かな」

長く統合失調症と付き合ってきたOさんが、ある日言いました。

「治る、って言葉、ちょっと違う気がしてて。慣れる、に近いのかな。声と慣れてくる、という感じ」

その言葉は、今も私の中に残っています。「回復とは何か」を考えるとき、必ず思い出す言葉です。

Mさんが「薬の副作用、先生に言えない」と言った理由

Mさん(43歳)は統合失調症で、抗精神病薬を長年飲んでいました。あるとき「実は副作用がずっとあった」と話してくれました。「手が震える、口が渇く、なんか怠い。でも先生に言えなかった」と。「なぜ言えなかったんですか」と聞くと、「先生が頑張って処方してくれているのに、文句を言うのが申し訳なかった」と言いました。

その言葉を聞いて、私は「看護師のくせに気づかなかった」と思いました。Mさんの「申し訳なさ」は、私も含む医療者への遠慮です。「副作用があれば伝えてください」と言ってきたつもりだったのに、Mさんには届いていなかった。「伝えていい」と思えるためには、「伝えても怒られない」「伝えたら対応してくれる」という信頼が必要だったのです。

それからは、「先生には言いにくいことでも、私には言ってください」という言い方を変えました。「先生を批判しているわけじゃなく、あなたの体の状態を正確に伝えるために必要だから」という説明を加えるようにしました。Mさんが次の外来で「副作用のことを言えた」と報告してくれたとき、「教えてもらってよかった」と思いました。

「生活の知恵」を教えてくれる人たち

利用者さんから学ぶことの多くは、「生活の知恵」です。「症状が強いときはこうする」「不安になったときはこれをやる」「眠れないときはこの音楽を聴く」——看護師として「こうすればいい」と教えようとしていた私に、利用者さんが「自分ではこうしている」と教えてくれる。その言葉が、関わりを豊かにしてくれます。

Nさん(55歳)は、不安が強くなると「シャワーを浴びる」と言っていました。「熱い湯を浴びると、体が緊張から解放される気がする」と。この「シャワーで不安を和らげる」という方法は、Nさんが自分で見つけたものです。私はそれを「いい方法ですね」と受け取って、記録に残しました。次にNさんの状態が悪くなったとき、「シャワーを試してみましたか」と声をかけられるようになりました。

「こうすれば症状が楽になる」という方法を自分で見つけている人は、すでに回復への力を持っています。その力を「引き出す」ことが、訪問看護師の役割だと思っています。

「今日は来てくれてよかった」という言葉について

「今日は来てくれてよかった」と言われる日があります。その言葉の重みは、来るたびに違います。「いつもの感謝」のこともあれば、「今日は特に必要だった」のこともある。

Oさん(68歳)が「今日は本当に来てくれてよかった」と言った日、実は玄関先でしばらく「今日はやめておこうかな」と思っていたそうです。「でも来てくれるのを待っていた自分もいた。来てくれたからよかった」と言いました。「来ない方が楽かも」と「でも来てほしい」が同時にある。その矛盾を正直に話してくれたことが、嬉しかった。

訪問看護師として、「来ることで何かできる」と思って訪問します。でも実際には、「来た」という事実だけで意味を持つことがある。「誰かが来た」という現実が、「今日も一人じゃなかった」という感覚を作ります。それが、この仕事の最もシンプルな意味かもしれません。

「看護師のくせに」と思った日のこと

「看護師のくせに知らなかった」と思う瞬間は、12年でたくさんありました。「病気の知識はあっても、その人の生活は知らない」という現実が、訪問を続けるたびに届きます。

Pさん(72歳)が「今の若い医療者は、昔の精神科の怖さを知らない」と言ったことがあります。「昔は廊下に縛り付けられていた人がいた。薬もなくて、暴れるとすぐ隔離された」と話してくれました。私が生まれる前の話でした。その歴史を知ることで、「今の医療がどれだけ変わったか」と同時に、「変わりきっていない部分もあるか」を考えるきっかけになりました。

利用者さんが「知らないこと」を教えてくれるとき、私は「教えてもらう立場」にいます。「看護師が教える」だけでなく、「教えてもらう」という姿勢を持つことが、関係を対等にして、より深いケアにつながる。12年教わり続けて、まだまだ知らないことがある。その感覚を失わないようにしたいと思っています。

Mさんが教えてくれた「待つ」という技術

Mさん、43歳。統合失調症の診断を受けて10年以上になります。私が初めて訪問したとき、玄関先に出てきたMさんは「何しに来たんですか」と言いました。警戒心の強い方でした。それでも毎週来る私に、三ヶ月が過ぎたころ、ドアの向こうから「入っていいよ」と声がかかりました。

Mさんはデリバリ配達の仕事をしていました。症状が安定しているときは週に何度も配達に出かけ、不安定なときはまったく外に出られない。そのムラが、Mさん自身をいちばん苦しめていました。「なんで自分はこんなにダメなんだろう」と、カーテンを閉めた部屋の中で何度もそう言っていました。

私にできることは、そのムラを一緒に観察することでした。「今日は調子どうですか」と聞き、「まあまあです」「最悪です」「ちょっとマシです」という答えを記録し続ける。それを続けているうちに、Mさん自身が「雨の日の前後は調子が落ちやすい」「睡眠が六時間を下回ると次の日がきつい」ということに気づいていきました。

ある日、Mさんが言いました。「俺、自分のことを看護師さんに教えてもらってる気がする」。違うんです、とは言いませんでした。Mさんが気づいたことを、私はただ言葉にするお手伝いをしているだけです。でもその言葉は、私にとって大切な一文になりました。利用者さんから教えてもらうことがある、それは正確な観察を続けた先にある。

Nさんが教えてくれた「言葉にならないもの」

Nさん、55歳。うつ病とパニック障害を長く抱えています。Nさんとの面談は、しばしば沈黙が長く続きます。私が何か聞いても、しばらくの間Nさんは窓の外を見ていて、それからゆっくり「うーん……」と声を出します。

最初のころは、その沈黙が怖くて私はすぐに次の質問をしていました。でも、あるとき主治医の先生に言われました。「沈黙の中にいちばん大事なものがある場合もありますよ」。それから私は、Nさんの沈黙を待つようにしました。

沈黙を待てるようになって初めて、Nさんがぽつりと話してくれることが増えました。「夜中に急に怖くなるんです」「息子の顔を見るたびに、私がいなくなった方がいいんじゃないかって思う」。そういう言葉は、矢継ぎ早に質問している間は出てきません。待つことが、Nさんの言葉を引き出す。それをNさんに教えてもらいました。

Oさんが教えてくれた「家族という重さ」

Oさん、68歳。認知症の周辺症状と気分変動があり、訪問看護の対象になりました。Oさんには娘さんがいて、遠方に住みながらも月に一度は会いに来ていました。

娘さんはとても熱心で、毎回私に「母の状態はどうですか」「薬はちゃんと飲んでいますか」と電話をくれました。でもOさんは、娘さんが来る前日になると決まって「来なくていい」と言っていました。

ある訪問のとき、Oさんが教えてくれました。「心配してくれているのはわかる。でも、心配されるたびに自分がダメな人間になっていく気がする」。その言葉は重かった。娘さんの愛情と、Oさんの尊厳が、ぶつかり合っていた。正解はありませんでした。でも、その言葉を娘さんに伝えることが私の仕事だと思いました。

Pさんが教えてくれた「年を重ねることの意味」

Pさん、72歳。双極性障害とともに生きてきた方で、若いころに何度も入院を繰り返したそうです。今は安定していて、私との訪問でいつもお茶を出してくれます。

先日、Pさんが言いました。「若いころの私に、こんな穏やかな日が来るなんて思わなかった。何十年もかかったけど、今が一番いい」。その言葉を聞いたとき、私は胸の中で何かが動く感覚がありました。回復は直線ではない。長い時間をかけて、少しずつ積み重なっていく。Pさんがそれを体で教えてくれました。

利用者さんから教えてもらうことは、看護の教科書には書いていません。でも確実に、私の看護観を作ってきました。Mさん、Nさん、Oさん、Pさん——それぞれの言葉が、今日の私を動かしています。

学ぶ姿勢を持ち続けること

12年間訪問看護をしていると、「もうわかっている」という感覚になることがあります。統合失調症の方の典型的な症状の経過、うつ病の方がたどりやすいパターン、認知症の周辺症状への対応——そういった「型」が積み上がってくる。でも、その「型」に当てはめようとした瞬間に、その人の固有性が見えなくなる。

MさんはMさんでしかありません。Nさんの沈黙は、他の誰かの沈黙とは違う意味を持っています。Oさんの「来なくていい」はOさんだけの言葉です。そのことを忘れたとき、私は「教えてもらう」ことができなくなります。

精神科訪問看護師として大切なことは何かと聞かれたら、私は「利用者さんから学ぶ姿勢を失わないこと」と答えます。年数が増えても、症例数が増えても、目の前の一人に対して「この人から何を教えてもらえるだろう」と問い続けること。Mさん、Nさん、Oさん、Pさんが教えてくれた四つの言葉を、私はこれからも大切に持ち続けます。

この仕事の醍醐味は、長い時間をかけて変化を見届けられることです。Mさんが「自分のことを教えてもらっている」と気づいた瞬間、Nさんが沈黙の後にぽつりと話してくれた言葉、Oさんが「ダメな人間になっていく気がする」と打ち明けてくれた夜、Pさんが「今が一番いい」と言ってくれた午後——どれも、訪問を続けてきたからこそ生まれた瞬間です。

精神科訪問看護師は、一人一人の利用者さんの人生に少しだけ並走する存在です。並走しながら、何かを教えてもらい、何かを渡して、また次の週に来る。その繰り返しが、12年間続いています。来週も、誰かの言葉を聞きに行きます。

訪問看護師は「先生」ではありません。「専門家」ではあっても、「教える人」ではない。利用者さんの人生の専門家は、その人自身です。私にできるのは、その人が自分の専門家になる手助けをすることだけ。Mさん、Nさん、Oさん、Pさんが、それぞれのやり方でその専門家に近づいていく過程を、私は隣で見届けることができました。それが、この仕事の本当の喜びです。

Mさんは今週も配達の仕事に出ています。Nさんは今日も沈黙の後に何かを話してくれるかもしれません。Oさんは娘さんとの関係を、少しずつ言葉で整理しています。Pさんは「今が一番いい」という言葉を、今週も体で生きています。四人から教わったことを胸に、今日も訪問カバンを手に取ります。

Mさんは今週も配達の仕事に出ています。Nさんは今日も沈黙の後に何かを話してくれるかもしれません。Oさんは娘さんとの関係を、少しずつ言葉で整理しています。Pさんは「今が一番いい」という言葉を、今週も体で生きています。四人から教わったことを胸に、今日も訪問カバンを手に取ります。


坂本なつ(精神科訪問看護師・12年)

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