入院中の利用者さんが退院する日に、玄関先で待っていたことがあります。
Qさんが3ヶ月ぶりに帰ってきた。タクシーから降りてきて、私を見て「あ、来てくれてたんですね」と言いました。
退院直後が一番不安定
精神科の入院から退院した直後は、再入院リスクが高い時期です。
病院という「守られた環境」から、一人の生活に戻る。服薬は続けられるか。生活リズムは整うか。孤立しないか。不安なことが山ほどある。
だから退院当日に訪問することにしています。「帰ってきた日から来てくれる人がいる」というのが、少し安心感につながることがある。
「おかえり」と言いたかった
Qさんが玄関のドアを開けるとき、「おかえり」と言いそうになりました。
看護師として適切かどうかわからなくて、「お疲れさまでした」と言いました。
Qさんは「3ヶ月ぶりの自分の部屋ですよ」と言いながら、部屋に入っていきました。少しだけ嬉しそうな顔をしていた。
再入院を「失敗」にしない
再入院が「また戻ってきてしまった」ではなく、「整えて、また地域に戻ってきた」になるように。
退院後の訪問看護は、そのための橋渡しです。再入院の意味については再入院を繰り返す本当の理由に書きました。
Qさんが「あ、来てくれてたんですね」と言った日
Qさんが退院してきた日、私は玄関先で待っていました。退院の連絡を入院病棟から受けて、「何時ごろになりそうか」を確認して、その時間に合わせて来ました。タクシーで帰ってきたQさんが、私を見て「あ、来てくれてたんですね」と言いました。その顔が、忘れられません。
3ヶ月の入院でした。病院では毎週面会に行っていたので、顔を知っていた。でも「自宅の玄関に来てくれた」という体験は初めてでした。「病院の看護師とは違う」ということを、そのとき初めてQさんが実感してくれたのだと思います。「家に来てくれる人がいる」という安心が、その日から始まりました。
退院直後の「不安定な時期」を一緒に越えること
精神科の入院から退院した直後は、再入院リスクが高い時期です。病院という「保護された環境」から出て、「日常生活の刺激」に戻る。その落差が、症状の再燃を起こしやすくします。退院後の2週間が特に重要で、この時期に週3〜4回の頻回訪問をすることがあります。
Qさんの退院後、最初の1週間は毎日電話をしました。「どうですか」「眠れましたか」「薬は飲めましたか」という短い確認です。「毎日誰かが確認してくれる」という感覚が、Qさんの安心の基盤になっていた。「電話が来るから、今日も薬を飲んだ」とQさんは言っていました。外から見れば「薬のリマインダー」ですが、Qさんにとっては「繋がっている証」でもあった。
「退院=終わり」ではなく「再出発」
「入院が終われば治療は終わり」と思っている方がいますが、退院後こそが長い支援の始まりです。入院中に回復した状態を、在宅生活の中で維持していくこと——それが「退院後の課題」になります。
Qさんは退院後3ヶ月、一度も再入院せずに過ごせました。「3ヶ月も入院しなかったのは、何年ぶりかな」と言っていました。「入院を繰り返してきた自分」から「在宅で続けられる自分」への変化は、Qさんにとって大きな意味を持っていた。「退院してきた日に来てくれた」ことが、その変化の始まりだったのかもしれないと、今も思っています。
「玄関先で待つ」ということ
「退院してきた日に玄関先で待つ」という関わりは、全員には難しいことがあります。退院の日時が直前まで確定しないこともあるし、他の訪問の日程があることもある。でも「できるかぎり、退院当日か翌日に訪問する」という意識を持つことが大切だと思っています。
退院してきた日の玄関先で、「おかえり」と言いたかった——というタイトルをつけたのは、「おかえり」という言葉が頭に浮かんだからです。でも実際には「おかえりなさい」とは言えなかった。「先生、来てくれたんですか」という言葉が来て、「ええ、待っていました」と答えた。「おかえり」とは言わなかったけど、その意味は伝わっていたと思っています。
玄関先で「おかえり」と言える関係——それが、精神科訪問看護師が目指す関係性のひとつかもしれません。病院ではなく、生活の場所で。「また戻ってきた」を、一緒に喜べる人でいたいと思っています。
退院の日、玄関が世界との境目になる
精神科病棟からの退院は、本人にとって「外の世界への再参入」です。病棟という守られた環境から、誰も守ってくれない自分の家に戻る。その一歩は、私たちが想像する以上に大きい。玄関のドアを開けることが、どれほどの勇気を必要とするか。退院の日を何度も経験してきた私でも、毎回それを感じます。
Qさんが退院した朝
Qさん、57歳。統合失調症で四回目の入院を経て退院しました。退院日の翌朝、私が最初の訪問に行きました。インターホンを押すと、しばらく間があって、ドアが薄く開きました。
「来てくれた」。Qさんの第一声はそれでした。「来てくれた」——そのたった四文字が、今も私の中にあります。来ることが当然の仕事なのに、その言葉には「また外の世界に一人でいる」という孤独と、「でも誰かが来てくれた」という安堵が詰まっていました。
Qさんの部屋は、退院前に民生委員さんと連携して掃除をしておきました。薬も退院時の処方が揃っていました。でも実際に部屋に入ると、Qさんは何をしていいかわからない顔をしていました。「退院したばかりで、何から始めればいいかわからなくて」。
私はQさんと一緒に、その日やることのリストを作りました。「まず昼ごはんを食べましょう」「夕方に薬を飲みましょう」「明日、近くのコンビニに行ってみましょう」。小さなことを具体的に決めることで、Qさんの顔が少し落ち着いていきました。
最初の一週間が、回復の土台になる
退院直後の一週間は、再入院リスクが最も高い時期です。生活のリズムが崩れやすく、服薬を忘れやすく、孤独感が増しやすい。だから私はQさんに最初の一週間、週三回の訪問をしました。主治医の先生と相談して、少し多めに入ることにしました。
二日目の訪問でQさんは「昨日夜中に声が聞こえた」と言いました。幻声です。「病院のほうが安心だった」と言いました。「そうですね、いきなり外は大変ですよね」と私は言いました。否定も励ましもせず、ただその気持ちを受け取りました。
四日目には「コンビニに行けました」と報告してくれました。「何を買いましたか」「おにぎりと緑茶」「いいですね」。短い会話でしたが、Qさんの顔に達成感のようなものがありました。外に出て戻ってこられた、という経験が少しずつ積み重なっていく。
玄関先で「ありがとう」と言われた日
退院から一ヶ月後、週二回の訪問に戻したころ、Qさんが玄関先で言いました。「退院してすぐに来てくれてよかった。一人だったらどうなってたかわからない」。
その言葉は私にとって、訪問看護の核心を表しています。退院してすぐに来ること。玄関を叩き続けること。「来てくれた」と思ってもらえること。それが精神科訪問看護の存在意義です。病院と地域の間にある、あの細い橋を渡る人に伴走する仕事。
今日もQさんの玄関のインターホンを押します。ドアが開いた瞬間、Qさんの顔を見ます。それで今日の状態のだいたいがわかります。「来てくれた」という言葉が聞こえなくなる日まで、来続けます。
退院後の生活を「作る」支援
退院直後の訪問は「状態確認」だけではありません。Qさんとの経験で学んだのは、退院後の生活は「戻る」のではなく「作る」ものだということです。入院前の生活に戻ろうとすると、入院前の問題にもぶつかります。だから、退院後は「どんな生活を作るか」を一緒に考えることが大切です。
Qさんの場合、入院前は服薬管理が不安定でした。退院後、私たちは服薬の仕組みを作り直しました。一週間分の薬を仕分けるケースを使い、飲んだかどうかを自分で確認できるようにする。単純なことですが、「仕組み」があることで忘れにくくなります。
地域とつなぐことも仕事のうち
退院後の生活を安定させるには、訪問看護だけでは足りません。必要に応じてデイケア、就労支援、地域活動支援センター、ヘルパーなど、複数のサービスを組み合わせることが回復を支えます。Qさんの場合、退院から二ヶ月後に地域活動支援センターに週一回通い始めました。そこでの人との関わりが、Qさんに「外の世界」への慣れをもたらしていきました。
訪問看護師は「つなぐ」役割を担います。利用者さんの状態を把握して、今必要なサービスを見極め、適切なタイミングで紹介する。その判断を繰り返すことが、退院後の生活を安定させます。「来てくれた」という言葉の先に、Qさんが自分らしく生きられる生活があります。それを作ることが、私の仕事です。
退院後の「初めての夜」を想像すること
退院後の最初の夜は、多くの利用者さんにとって特別な夜です。病院では夜中に何か困ったことがあればナースコールを押せた。でも自宅では押せる「ナースコール」がない。その孤独は、私たちが想像する以上に重い。
Qさんも最初の夜中に幻声が強くなりました。「病院のほうが安心だった」という言葉は、退院後の夜の孤独を表していました。私はそのことを知っていたので、退院前に「何か困ったことがあれば、夜間の相談窓口番号にかけてください」という紙を渡しておきました。実際に電話したことはありませんでしたが、「電話できる場所がある」という安心感が重要です。
退院後の支援で大切なのは、「困ったときの選択肢を増やしておくこと」です。誰に電話するか、どこに行くか、どうしたら入院を回避できるか——そのオプションを具体的に整理しておくことで、利用者さんは「一人ではない」と感じられる。その感覚が、退院後の最初の一ヶ月を乗り越える力になります。
Qさんは退院から半年が経ちました。今は週一回の訪問で安定しています。「来てくれた」という言葉は今でも言ってくれます。その言葉を聞くたびに、来続けてよかったと思います。今日も玄関を叩きに行きます。
退院後の支援で私が一番大切にしているのは「失敗を責めないこと」です。服薬を忘れた日があっても、外出できなかった日があっても、「なぜできなかったか」ではなく「次はどうしたらいいか」を一緒に考える。失敗から学ぶ過程が、回復を作ります。Qさんも服薬を忘れた日がありました。でもそのたびに「次はどうしよう」と一緒に考えた。その積み重ねが、今の安定につながっています。
「来てくれた」という言葉が聞けなくなる日まで、来続けます。退院後の玄関先に立つたびに、この仕事の意味を確認します。今日もQさんの玄関を叩きます。
退院後の支援で「失敗してもいい」という安心感を作ることが大切です。服薬を忘れた日も、外に出られなかった日も、「また来週」と言える関係があること。その積み重ねが安全網になります。Qさんは今、その安全網の中で少しずつ外の世界に慣れていっています。「来てくれた」という言葉が「来てくれてよかった」に変わる日まで、来続けます。退院後の玄関先が、今日も私を待っています。
玄関先に立つたびに、この仕事を選んでよかったと思います。
退院後の支援で「失敗してもいい」という安心感を作ることが大切です。服薬を忘れた日も、外に出られなかった日も、「また来週」と言える関係があること。その積み重ねが安全網になります。Qさんは今、その安全網の中で少しずつ外の世界に慣れていっています。「来てくれた」という言葉が「来てくれてよかった」に変わる日まで、来続けます。退院後の玄関先が、今日も私を待っています。
玄関先に立つたびに、この仕事を選んでよかったと思います。
Qさんが「来てくれてよかった」と言ってくれる日まで、来続けます。退院後の玄関先に立つたびに、この仕事の意味を確認します。失敗を責めず、一緒に考え続けること——それが訪問看護の継続を可能にします。今日もQさんの玄関を叩きます。
退院後の支援は「戻る」ではなく「作る」こと。Qさんと一緒に、新しい生活を一歩ずつ積み重ねています。今日もその積み重ねを見に行きます。玄関の向こうに、Qさんがいます。
Qさんと共に。今日も行きます。
坂本なつ(精神科訪問看護師・12年)