訪問看護師の仕事を始めた最初の年、初めて一人で担当した利用者さんのことを、今でもよく思い出します。
Aさん、50代の男性。長年精神科に通院しながら、アパートで一人暮らしをしていた方でした。前任の看護師から引き継いで、私が初めて訪問する日。自転車をこぎながら、ずっと同じことを考えていました。「ドアが開かなかったらどうしよう」と。
この仕事を始める前、私は精神科の病棟にいました。病棟では患者さんはそこにいる。会いたくなくても、どれだけ拒否していても、逃げることはできない。でも訪問看護は違う。相手が「今日は来てほしくない」と思えば、ドアは開きません。それが、病棟と根本的に違うことだと、その日の朝まで頭の中で反芻していました。
前日の夜、引き継ぎ資料を何度も読んだ
Aさんの引き継ぎ資料を何度も読み返しました。病名、服薬内容、家族構成、これまでの入院歴、最近の状態変化。「会話は少なく、単語的なことが多い」「外出はほぼしていない」「人が来ることを好まない様子」と書いてありました。
「何を話せばいいだろう」と思って、話題をいくつか頭の中で用意しました。でも準備すればするほど、「これを言っても大丈夫だろうか」という不安が大きくなっていきました。前任の看護師に電話して「何か気をつけることはありますか」と聞くと、「最初は沈黙が多いかもしれないけど、それで大丈夫」と言われました。「沈黙が多くても大丈夫」——その言葉を繰り返しながら、その夜は眠りました。
引き継ぎ資料には「GAF評価40」という数字がありました。GAFというのは全体的機能評価スケールのことで、日常生活や社会的機能の状態を示すものです。40という数値は「仕事・学校・家族関係・判断・思考・気分などの多くの面に粗大な欠陥がある」ことを示します。でも数字を見ても、実際のAさんのことは何もわからない。この数字の向こうにいる人のことを、私はまだ何も知らないのだと思いながら資料を閉じました。
ドアの前で立ち尽くした5分間
翌日、アパートの前に自転車を止めて、階段を上りました。3階の突き当たり。ドアの前で一度深呼吸してから、インターホンを押しました。
反応がありません。もう一度押しました。それでも何も聞こえません。しばらく待って、もう一度。ドアの向こうでゴソゴソとした気配がして、やがて鍵が回る音がしました。
ドアが少し開いて、隙間から顔が見えました。無言で私を見ている。私は「坂本といいます。今日からお邪魔させてもらいます。よろしくお願いします」と頭を下げました。しばらく間があって、ドアが少しだけ広く開きました。「どうぞ」という言葉はありませんでしたが、入ってきていい、という意味だとわかりました。
後から数えてみたら、インターホンを押してからドアが開くまで5分以上かかっていました。その5分間がとても長く感じられましたが、今思えば「5分で出てきてくれた」のは、来てもいいというサインだったと思います。拒否しようと思えば、もっと時間がかかっただろうし、場合によっては出てきてくれないこともある。それが訪問看護という仕事の現実です。
最初の30分、ほとんど話せなかった
部屋に入ってまず気づいたのは、静けさでした。テレビもラジオもついていない。窓のカーテンは閉まったまま。昼間なのに薄暗くて、時間が止まっているような感じがしました。
Aさんはソファに座って、膝の上に手を置いたまま私を見ていました。私は椅子を勧めてもらって腰掛け、まず自己紹介をしました。どこのステーションから来ているか、これから毎週来ること、主治医の先生から引き継いだこと。話しながら、相手の反応を見ていました。
「最近、調子はいかがですか」「まあ」「眠れていますか」「うん」「食事は取れていますか」「うん」——何を聞いても単語で返ってきました。拒絶しているわけではなく、様子を見ているという感じがしました。私が問いかけると、必ず何かひと言返してくれる。それだけで、「全部シャットアウトはしていない」とわかりました。
30分の大半を沈黙の中で過ごしました。血圧を測って、服薬の確認をして、「何かあればいつでも連絡してください」と番号を渡して。それだけでした。血圧を測るとき、Aさんは何も言わずに腕を差し出してくれました。その動作に、私は少し救われた気がしました。「腕を差し出す」ことは、「あなたに体を預ける」ということ。言葉より大きな信頼の示し方かもしれないと、後になって思いました。
帰り道、エレベーターの中で涙が出そうになった
「また来週来てもいいですか」と聞くと、Aさんは少し考えてから「……うん」と言いました。
部屋を出てエレベーターに乗ったとき、なぜか涙が出そうになりました。悲しいわけでも嬉しいわけでもない。うまくできなかった悔しさと、「また来ていい」と言ってもらえた安堵と、それ以外の何かが混ざって、胸がいっぱいになっていました。病棟では経験したことのない感覚でした。病棟にいたときは、患者さんが「また来て」と言ってくれても、「私が来る」という選択はなかった。そこにいる看護師が行くだけ。でも訪問看護は違う。「また来ていい」と言ってもらえることが、次の訪問の許可になる。そのことの重さが、エレベーターの中で急に実感として押し寄せてきました。
自転車に乗りながら思ったのは、「来週もここに来る」ということでした。それだけでいい、それだけで今日は十分だ、と思いました。ステーションに戻ってから先輩に「うまくいかなかった」と話すと、「初日に打ち解けようとする方が難しい。また来週行けばいいだけだよ」と言われました。その言葉に、ずいぶん救われました。
2回目、3回目……少しずつ変わっていったこと
2回目の訪問も、大きくは変わりませんでした。3回目もほぼ同じ。でも少しずつ、変化がありました。2回目には部屋のカーテンが少し開いていました。3回目にはテレビがついていました(音は消えていましたが)。4回目には、私がバッグを床に置こうとしたら「汚いからここに」と椅子を指差してくれました。初めて私のために何かをしてくれた瞬間でした。
5回目には、帰り際に「お茶、飲みますか」と聞いてくれました。「ありがとうございます、では少しだけ」と言って、一緒にお茶を飲みました。言葉はほとんどありませんでしたが、お茶を飲むという時間を共有した、ということがうれしかった。「もう少しいていい」という意思表示でもあった気がして。この「お茶」を出してもらえた日のことは、今でもはっきり覚えています。特別なことは何もなかったけれど、「少し受け入れてもらえた」感覚が確かにあった。
同時期に担当していたBさんという方もいました。こちらも50代で、やはり会話が単語的な方でした。でも記録には「ラジオ体操実施後、屋外歩行訓練実施」と書いてある。毎週、同じルーティンで訪問を受け入れてくれる。その安定したリズムが、Bさんにとっての「訪問看護」だったのだと思います。打ち解けた会話がなくても、「いつも来る」「いつも同じことをする」という積み重ねが信頼になる。Aさんのことを考えるとき、Bさんのことも重なって思い出します。この仕事には、「何かをする」訪問と「ただいる」訪問がある。後者の価値を、私はAさんから教えてもらいました。
3ヶ月後、Aさんが話してくれたこと
毎週訪問を続けて3ヶ月ほど経ったころ、Aさんが「最初来たとき、正直面倒だと思ってた」と話してくれました。
「どんな人が来るのかわからなかったし、また色々聞かれるのかと思って。前の人も悪い人じゃなかったけど、なんか疲れてた。人が来るのがしんどかったんですよね」
「それで今は?」と聞くと、少し考えてから「まあ、来てもいいかな、くらいには」と言っていました。「来てもいいかな」という言葉の重さを、しみじみ感じました。
「なんか来るじゃないですか、毎週。それがどうでもよくなくなってきた気がして」
来るのが当たり前になってきた、ということを「どうでもよくなくなった」と表現していました。この言葉が、私の中に今でも残っています。信頼関係というのは、こういうものなのかもしれない。一緒に何かをしたとか、深い話をしたとか、そういうことではなく、「毎週来た」という積み重ねが「どうでもよくない」になった。大きな出来事や感動的な場面があったわけではない。ただ来た、ただいた、またきた——それだけが積み重なって、何かが変わっていった。
その後、Aさんは少しずつ外に出られるようになりました。コンビニに行けるようになって、近所の公園に行けるようになって。大きな変化を期待していたわけではないけれど、変化はちゃんと起きていた。それが「毎週来た」という積み重ねのおかげだとしたら、訪問看護師の仕事はそれだけでいいのだと思いました。
初めての訪問で大切にしていること
12年経った今、新しい利用者さんへの初回訪問で意識していることがいくつかあります。
「打ち解けようとしない」こと。初日に仲良くなろうとすると、必死に話しかけてしまいます。それは相手を疲れさせます。「今日来た、また来週来る」という事実を届けることが、初回のゴールです。最初から深い話をしなくていい。雑談ができなくていい。「また来てもいいですか」という問いかけに「うん」と言ってもらえれば、それで十分です。
「情報に引っ張られない」こと。引き継ぎ資料に「会話は単語的」と書いてあっても、その日に長い話をしてくれることがある。反対に「比較的話せる」と書いてあっても、その日によって全然違うことがある。「書かれていた通り」の人なんて、ほとんどいないと思っています。資料はひとつの参考情報であって、目の前にいる人をそのまま見ることが何より大事です。
「また来ることを確認する」こと。「来週また来てもいいですか」と聞いて「うん」と言ってもらう。それだけを初回の目標にしていることがあります。「また来ていい」という言葉が、次の関係の扉を開けます。
そして「自分も緊張していていい」ということ。相手が緊張しているなら、私も緊張していていい。無理に落ち着いて見せようとしない。「初めまして、どうぞよろしくお願いします」という緊張は、相手への敬意でもあります。慣れたふりをして飄々としている看護師より、少し緊張している看護師の方が、「ちゃんと見てくれる人だ」と感じてもらえることがあるのだと、経験から思っています。
「来てもいい人」になること
訪問看護師として長く関わる中で気づいたのは、「信頼は積み上げるもの」というシンプルな事実です。初回から信頼してもらおうとするのは無理な話です。でも「来た」「また来た」「また来た」という積み重ねが、ある日「来てもいい人」という認識に変わる。その変化が、次の変化を生む。外に出られるようになった、人と話せるようになった、笑えるようになった——そういった回復の芽は、「来た」という積み重ねの上に育っていきます。
Aさんと出会ったあの初回の訪問は、私にとって「訪問看護とはどういうものか」を教えてもらった時間でした。うまく話せなくても、打ち解けなくても、「来た」だけでいい。それがこの仕事の出発点だと、今でも思っています。
12年経った今も、初めての訪問は緊張する
経験を積めば緊張しなくなるかと思っていましたが、そうでもありません。新しい利用者さんへの初回の前は、今も少し心拍数が上がります。「どんな人だろう」「ドアを開けてくれるだろうか」という気持ちは、12年経っても消えていません。
でも今は、その緊張を「相手への敬意の表れ」だと思えるようになりました。誰かの生活の中に入らせてもらうことは、それだけ緊張するくらい大切なことだから。「慣れきって緊張しなくなったら、それは良くないことかもしれない」とさえ思います。
訪問看護師になった理由については精神科訪問看護師になった理由に、訪問を断られた日のことは「今日は来ないでください」と言われた日に書きました。
「また来てもいい」が積み重なること
「また来てもいい」という言葉がもらえた回数が増えるたびに、私は少しずつ「この人の生活の中に、自分の存在が根づいてきた」という感覚を持てるようになります。初回の「うん」から始まって、「お茶でも」という言葉になって、「先週こんなことがあって」という話になって——関係はそうやって育っていく。時間をかけなければ育たないものだし、急ごうとすると壊れることもある。その感覚を、Aさんとの関わりの中で学びました。
坂本なつ