12年間、毎週玄関先に立ち続けてきました。
最初は「よい看護師になりたい」と思っていました。今は、「よい」という言葉がなんなのかよくわからなくなっています。でもそれより大事なことが見えてきた気がします。
「来ること」を続ける
訪問看護師の仕事の本質は、「来ること」だと思っています。
断られても(訪問を断られた日)、怒鳴られても(怒鳴られた日)、調子が悪い日も、変わりない日も、来続ける。
「あの人はまた来る」という安心感が、何かの土台になっている。
「正解を出さない」
相談されたとき、すぐ答えを出したくなります。でも、精神科の現場では「正解を出さない」ことが大事なときがある。
「それはどうすればいいんでしょうね」「どう思いますか」と一緒に考えること。答えを与えるより、本人が考える余地を残すこと。
「その人として見る」
「統合失調症の患者」ではなく、「Aさん」として見ること。病気だけで人を見ない。
Aさんには好きな音楽がある、昔は料理が得意だった、犬が好きだった——そういうことを知っていることが、関係をつくる。
これからも続けること
このブログを書き続けることも、来ること、と同じだと思っています。
精神科の現場を知らない人に、少しでも届いたら。精神疾患の家族を持つ人の、どこかに刺さったら。それだけでいい。
読んでくれてありがとうございます。
坂本なつ
「変わらないこと」が「変化を支える」
12年この仕事を続けてきて、「変わらないことの価値」を強く感じるようになりました。毎週同じ時間に来る、同じ顔で挨拶する、同じように「今週どうでしたか」と聞く——この繰り返しが、利用者さんにとっての「安定した世界の一部」になる。
精神疾患のある方の生活は、変化が多いです。症状の波、薬の調整、人間関係のトラブル、環境の変化——様々なことが揺れ動く中で、「変わらないものがある」という安心が、不安定な時期の支えになることがあります。「あの人は来週も来る」という確信が、「今週もなんとかなる」という力になる。「変わらないこと」が「変化を乗り越える力」を支えます。
「その人の言葉で聞くこと」
「この病気はこういうものです」ではなく、「あなたにとって、この病気はどんな感じですか」と聞くことを大切にしています。同じ診断名でも、その人によって体験はまるで違います。「統合失調症の人はこういう症状が出る」という知識よりも、「このLさんには、どんな声がどんな風に聞こえているか」という個別の理解が、ケアにつながります。
「その人の言葉で聞く」ということは、「専門用語で解釈しないこと」でもあります。「幻聴があります」ではなく「声が聞こえる」。「抑うつ状態です」ではなく「何もしたくない、動けない」。その人自身の言葉を受け取って、記録に残して、次に活かす。その積み重ねが、「この人のことをわかっている」という関係を作ります。
「長く続けることの価値」
精神科訪問看護の価値は、「長く続けること」にあります。1回の訪問でできることは限られています。でも52回(1年間週1回)の訪問を続けると、「1年前のあなたと比べると」という言葉が使えるようになります。その言葉が、本人の変化を客観的に示す力を持ちます。
「3年前に最初に会ったとき、Dさんはほとんど話さなかった。今はこんなに話してくれる」——そういった言葉を届けられるのは、長く関わり続けた人間だけです。「変化の証人」でいること。その役割が、精神科訪問看護師の最も大切な仕事のひとつだと思っています。
私が訪問看護で大切にしていること——それは「来ること」を続けることです。来るたびに何か大きなことをするのではなく、「また来た、今週もどうぞよろしく」と伝え続けること。その繰り返しの中に、この仕事の本質があります。12年経って、それだけは変わりません。これからも玄関を叩き続けます。
「大切にしていること」は、失敗から生まれた
訪問看護を始めたばかりのころ、私は「看護師として正しいことをしなければ」という焦りを常に持っていました。状態が悪い利用者さんの前で何も言えなかった日、適切な言葉が出てこなかった日、訪問後に「あれでよかったのか」と考え続けた夜——失敗と反省を繰り返しながら、少しずつ「自分が大切にすること」が見えてきました。
Dさんとの関わりで学んだこと
Dさん、36歳。統合失調症で、私が訪問を始めたときのGAFスコアは31でした。最初の一年間、Dさんは私を信頼していませんでした。「本当のことを話せば病院に連れていかれる」という感覚があって、毎回表面的な会話で終わっていました。
変わったのは、私が「正しいことを言おう」をやめたときでした。Dさんが「声が聞こえるんです」と言ったとき、「それは症状です、薬を飲みましょう」と言う代わりに、「どんな声が聞こえるんですか」と聞いてみました。Dさんは驚いた顔をしました。そして少しずつ話してくれました。
そこから関係が変わりました。「正しい答えを提示する人」から「話を聞いてくれる人」に変わったとき、Dさんは本当のことを話してくれるようになった。私が大切にしていること——「まず聞く、それから考える」——はDさんから教わりました。
Lさんとの関わりで学んだこと
Lさんは50代後半、長年のうつ病でした。Lさんは「回復したい」という気持ちが強く、私に「どうすれば早く治りますか」と毎回聞いてきました。
私は最初、「焦らないことが大切です」「少しずつ動くことが回復につながります」と教科書的な答えを返していました。でもLさんはそのたびに「わかってるけど、できないんです」と言いました。
あるとき私は聞き方を変えました。「Lさんが一番つらいと思うのは、どういう瞬間ですか」。Lさんは長い沈黙の後、「夫に心配をかけていることです」と言いました。それが核心でした。回復の妨げになっていたのは症状そのものではなく、「迷惑をかけている」という罪悪感だったのです。
その後、ご夫婦を交えた面談をしました。夫さんが「心配しているのは当たり前、でも迷惑とは思っていない」と伝えた日から、Lさんは少し変わりました。核心に触れるための「聞き方」を変えること——それもLさんが教えてくれた大切なことです。
私が大切にしている三つのこと
12年の訪問看護を経て、私が大切にしていることを三つ挙げるなら、こうなります。
一つ目は「来続けること」。来ないことは、関係を断つことです。「必要ない」と言われても、嫌な顔をされても、来続けることで信頼は積み上がる。それは数字ではなく、積み重ねによってしか生まれません。
二つ目は「答えを急がないこと」。精神科の回復は時間がかかります。今日の変化が見えなくても、半年後、一年後に「あのときの積み重ねが今につながった」とわかることがある。焦りは利用者さんに伝わります。待てる看護師でいたい。
三つ目は「この仕事を好きでいること」。利用者さんは敏感です。「仕事だからやっている」という態度は伝わります。Dさんもいさんも、LさんもJさんも——一人ひとりとの出会いを大切に思っていること。それが、訪問の質につながると信じています。
今日も訪問カバンを持って家を出ます。この仕事が好きです。それだけは、12年間変わっていません。
「好き」であり続けることの難しさ
「この仕事が好き」という気持ちを保ち続けることは、実は簡単ではありません。12年の中で、何度か「なぜこの仕事をしているのか」と思った時期があります。利用者さんが急に入院になった日、長く関わってきた方が亡くなった日、自分の対応が適切だったか何日も悩んだ日——そういうときに、「好きだから続けられる」という単純な話ではなくなります。
それでも続けてこられたのは、利用者さんが教えてくれることがあったからだと思います。DさんのGAFが上がっていく過程を見届けられたこと、Lさんが「夫に申し訳ない」という核心を話してくれたこと——そういう瞬間が、「この仕事をしていてよかった」という実感を作ります。
引き継ぐべきものがある
精神科訪問看護師を育てることも、今の私の課題の一つになっています。新しい看護師が入ってきたとき、私はどんなことを伝えられるか。技術や知識だけでなく、「来続けること」「待つこと」「好きでいること」という姿勢をどう伝えるか。
DさんやLさんから学んだこと、JさんやMさんが教えてくれたこと——それらは私の中にあります。でも言語化しなければ、引き継げません。このブログを書くことも、その試みの一つです。自分が大切にしてきたことを言葉にして、次の誰かに届けること。
今日も訪問カバンを持って家を出ます。この仕事が好きです。利用者さんが教えてくれることを楽しみにしています。それだけは、12年間変わっていません。そしてこれからも変わらないと思っています。
「大切にすること」を言葉にする意味
「自分が大切にしていることを言葉にする」という作業は、看護師としての軸を確認する作業でもあります。忙しい日々の中で、「なんのために訪問しているのか」という問いを忘れてしまうことがある。そのとき、言語化した「大切にしていること」が羅針盤になります。
「来続けること」「答えを急がないこと」「この仕事を好きでいること」——この三つは、Dさんやしさん、Jさん、Mさんとの関わりの中で形になったものです。誰かに決めてもらったのではなく、失敗と反省と小さな発見の積み重ねの中から出てきた言葉です。だから、これは私だけの三つです。他の看護師には別の三つがある。それでいいと思っています。
新しいスタッフに「あなたが大切にしていることは何ですか」と聞くようにしています。最初は「うまく答えられない」と言う人が多い。でも一年働いた後に同じ質問をすると、少しずつ言葉が出てきます。その変化を見ることが、私の今の仕事の喜びの一つです。
今日も訪問カバンを持って家を出ます。来続けること、待てること、好きでいること——その三つを持って、利用者さんの玄関を叩きに行きます。明日も、明後日も、来週も。それが私の仕事です。
「来続けること」「答えを急がないこと」「この仕事を好きでいること」——この三つを言語化できたのは、DさんとLさんをはじめとする多くの利用者さんがいたからです。失敗から学び、言葉をもらい、少しずつ形になってきた。それが私の看護の骨格です。12年経った今でも、新しい利用者さんとの出会いのたびに、この骨格が少しずつ更新されています。更新され続けることが、生きた看護の証だと思っています。
今日も訪問カバンを持って家を出ます。利用者さんから何かを教えてもらいに行きます。それがこの仕事の醍醐味です。
DさんもLさんも、今日も自分の生活を生きています。Dさんはウクレレを弾き、Lさんは夫と少し話せるようになっています。その変化の積み重ねを見てきた私は、「来続けること」「待つこと」「好きでいること」という三つの言葉がいかに大切かを、毎週確認しています。言葉は使われるたびに強くなる。今日も使います。来続けます。待ちます。そして、この仕事を好きでいます。
それだけは、これからも変わらないと思っています。
DさんもLさんも、今日も自分の生活を生きています。Dさんはウクレレを弾き、Lさんは夫と少し話せるようになっています。その変化の積み重ねを見てきた私は、「来続けること」「待つこと」「好きでいること」という三つの言葉がいかに大切かを、毎週確認しています。言葉は使われるたびに強くなる。今日も使います。来続けます。待ちます。そして、この仕事を好きでいます。
それだけは、これからも変わらないと思っています。
「来続けること」「待てること」「好きでいること」——この三つを持って、今日も訪問カバンを手に取ります。DさんもLさんも、それぞれの回復を歩んでいます。その歩みの隣にいられることが、この仕事を続ける理由です。12年が13年になっても、この気持ちは変わりません。
DさんとLさんが教えてくれたことを胸に、今日も訪問カバンを持って家を出ます。来続けること、待つこと、この仕事を好きでいること——それだけは変わりません。
この仕事が好きです。それだけは、これからも変わらないと思っています。今日も訪問に出かけます。
坂本なつ(精神科訪問看護師・12年)