「統合失調症」という名前は知っていても、どんな病気かよくわからない、という方は多いと思います。
教科書的な説明ではなく、私が現場で見てきた言葉で書いてみます。
「現実の受け取り方」が変わる病気
統合失調症は、脳の情報処理に乱れが生じる病気です。その結果、現実の受け取り方が変わります。
代表的な症状は「陽性症状」と「陰性症状」の2種類です。
陽性症状——「余分なもの」が加わる
- 幻聴:実際にはない声が聞こえる(幻聴と生きている人に詳しく書きました)
- 幻視:実際にはないものが見える
- 妄想:「監視されている」「特別なメッセージが自分に向けられている」など、訂正できない確信
陰性症状——「あるはずのもの」が減る
- 感情が平板になる(表情が乏しくなる)
- 意欲・気力が低下する
- 言葉が少なくなる
- 人との関わりが減る
陰性症状は「怠けている」と誤解されやすいですが、病気の症状です。本人が「動きたくて動いていない」わけではない。
原因と治療
原因は完全には解明されていませんが、脳内のドーパミンという神経伝達物質のバランスが崩れることが関係していると考えられています。
治療の中心は抗精神病薬です。適切な薬と用量を見つけ、継続することが安定につながります。服薬についての現実は薬をやめてしまう理由に書いています。
「治る」病気か
統合失調症は「治る」か「治らない」かでいうと、人によります。薬が効いて、ほとんど症状なく生活できる方もいます。再発を繰り返しながら少しずつ安定していく方もいます。
大事なのは「完治」を目指すことより、「その人らしく暮らせること」を目指すことだと、12年の現場で感じています。
Lさんの「声」はどんなものだったか
Lさん(22歳)の幻聴は、「外から来る男の人の声」でした。「何を言っているかははっきり聞こえるわけじゃないけど、ずっとそこにいる感じ」とLさんは言っていました。「窓の外から聞こえる気がするけど、外を見ても誰もいない。でも確かに聞こえた」という体験が続いていた。
発症したのは19歳のとき、大学の授業中でした。「急に頭の中で爆発するような音がして、そのあとから声が聞こえるようになった」と話してくれました。最初は「疲れているせい」と思って友人にも言えなかった。でも声はなくならず、次第に外出が怖くなっていった。
「聞こえている声は、本人にしか聞こえない」——これが幻聴の最も孤独なところです。「聞こえる」と言っても信じてもらえない。「気のせい」と言われる。その孤独が、さらに症状を悪化させることがある。Lさんも「誰にも言えなかった期間がつらかった」と言っていました。
「陰性症状」が見えにくい理由
統合失調症の「陽性症状」(幻聴・妄想・思考の混乱)は外から見えやすい症状です。でも「陰性症状」は見えにくい。意欲の低下、感情の平板化、会話が少なくなる、身だしなみへの無関心——これらは外から見ると「怠けている」「暗い人」に見えることがある。
Lさんも、発症後しばらく「やる気がない」「動けない」という時期がありました。「大学をやめようかと思っていた。でも何がしたいかもわからなかった。ただぼーっとしていた」と言っていました。その時期、家族は「しっかりしてほしい」と言い、Lさんは「私はしっかりしようとしているけどできない。それがつらい」と感じていた。
陰性症状は、本人が「どうにかしようとしてできない状態」です。「頑張れ」という言葉が届かないのは、意志が弱いからではなく、脳の機能が影響しているからです。この違いを、家族や周囲の人に知ってほしいと思っています。
薬の役割と副作用について
統合失調症の治療の中心は、抗精神病薬による薬物療法です。ドーパミンという神経伝達物質の過剰な活動を抑えることで、幻聴や妄想などの陽性症状を軽減します。
ただ、薬には副作用があります。眠気、体重増加、手の震え、口の渇き——こういった症状が出ると、「薬をやめたい」という気持ちになる方が多い。Lさんも「薬を飲むと眠くて大学に行けなかった。だからやめた時期があった」と言っていました。
薬をやめると症状が戻りやすいのが統合失調症の特徴です。「やめてみたら最初は調子が良かった。でも3週間後から声が大きくなった」という体験を繰り返す方も多い。副作用への対応は主治医に相談することで改善できることが多く、「副作用があるから薬が合わない」と自己判断でやめる前に、相談してほしいと思います。
回復は「症状がなくなること」だけではない
統合失調症は、「完全に治る」ことを目標にするよりも、「症状があっても自分らしく生きられる状態を作る」ことを目標にする方が、長期的には安定しやすいと感じています。
Lさんは今も声が聞こえることがあります。でも「ピアノを弾けば声が静かになる」という自分なりの方法を見つけました。友人とのLINEができるようになりました。週に1〜2日は外出できるようになりました。「声があっても、やれることがある」という感覚が、Lさんの安定を作っています。
「統合失調症とはどんな病気か」という問いへの答えは、教科書に書いてあることだけではありません。その人がどう生きているか、何を大切にしているか——Lさんのような方と関わり続けることで、私は毎回その答えを更新しています。
「妄想」は本人にとって現実である
統合失調症の代表的な症状のひとつが「妄想」です。「誰かに監視されている」「自分の考えが他人に伝わっている」「特別なメッセージが自分に向けられている」——外から見ると「おかしい」と思える信念が、本人にとっては現実として感じられています。
「妄想を否定すればいい」と思う方がいますが、それはうまくいかないことがほとんどです。「違いますよ」と言われても、本人には「否定している」としか感じられない。「あなたの思っていることは現実ではない」と言われることが、かえって「この人も信用できない」という孤立を強めることがある。
私が意識するのは、「妄想の内容を肯定も否定もしない」ことです。「それは怖かったですね」「ずっとそう感じているんですね」という形で、体験は受け取りつつ、内容の真偽には踏み込まない。「あなたがそう感じているということは伝わった」というスタンスで関わることで、孤立を防げることがあります。
統合失調症と「回復」の長い道のり
統合失調症は、長期的に経過を見ていく病気です。「完治する」というより「症状をコントロールしながら生活する」が現実的な目標になることが多い。ただ、「回復しない」という意味ではありません。薬と支援と本人の力が組み合わさって、状態が安定する方は多くいます。
発症から10年後、20年後に「あのころより今の方がずっとよくなった」と話してくれる方がいます。病気の経過は一様ではなく、症状が軽減していく方も多い。「発症したらずっとこのまま」というイメージは、現実とかけ離れていることがあります。
Lさんは発症から3年で「ピアノが弾けるようになった」と言いました。幻聴は完全になくなったわけではないけれど、「コントロールできる日が増えた」という感覚が持てるようになった。「回復」は、症状がゼロになることではなく、「症状があっても自分の生活ができること」だと思っています。
家族が「どう関わればいいか」という問いに答えたい
統合失調症のある家族を持つ方から「どう関わればいいか」と聞かれることがあります。答えは一つではありませんが、私がよくお伝えするのは三つです。
一つ目は「否定しないこと」。幻聴や妄想の内容を「そんなことない」と否定しない。「あなたにはそう聞こえているんだね」と受け取る姿勢が大切です。二つ目は「責めないこと」。「なんで薬を飲まないの」「なんでそんなことするの」という「なぜ」の問いかけは責めているように聞こえやすい。代わりに「どうだった?」「今どんな感じ?」という問いかけを。三つ目は「家族自身も休むこと」。支える側が消耗すると、関係全体が悪化します。家族相談や家族会を利用して、同じ立場の人と話すことで息継ぎをしてほしいと思います。
「統合失調症」という名前を知ること
「統合失調症」という名前が2002年に「精神分裂病」から変更されたのは、病気のイメージを変えるためでもありました。「分裂」という言葉が持つ否定的なイメージから離れて、「統合する力が一時的に弱まっている状態」という理解に近い名前に変わりました。
名前が変わっても、偏見が完全になくなったわけではありません。でも「知ること」が偏見を減らします。どんな症状なのか、どんな人が発症するのか、治療はどうするのか——正確な情報を知ることが、「怖い病気」というイメージを「理解できる病気」に変えていく。この記事を読んでくれた方が、統合失調症についての理解を少し深めてくれれば、それだけで意味があります。
「統合失調症の人は危険」という誤解
統合失調症について広がっている誤解のひとつが、「危険な人が多い」というイメージです。ニュースで取り上げられる事件に精神疾患の診断名が出ることで、「精神疾患のある人は危険だ」というイメージが形成されやすい。
でも実際は、統合失調症の方が他者に暴力を振るうリスクは一般の人と大きく変わりません。むしろ、症状から来る生きづらさや孤立から、自分を傷つけることへのリスクの方が、問題として認識されることが多い。「危険な人」というイメージが、必要な人が支援を受けることを妨げている。偏見は、病気と同じくらい本人を苦しめます。
12年この仕事をしてきて、統合失調症の方たちが「どれだけ普通に生きているか」を日々実感しています。毎日料理をして、洗濯をして、近所を散歩して、好きなテレビを見て、訪問看護師が来るのを楽しみにしてくれている。その「普通の生活」を守ることが、訪問看護師の仕事です。
統合失調症について「知ること」が、偏見を減らします。この記事を読んでくれた方が、統合失調症のある方と出会ったとき、少し違う目で見てもらえれば、それが社会を少し変えることになると思っています。
統合失調症は、「なる人」と「ならない人」がいるように見えて、実は誰でもなりうる病気です。100人に1人の割合で発症すると言われています。特別な人がなるのではなく、ストレスや遺伝的素因などの組み合わせで発症する。「自分には関係ない」ではなく、「身近にいるかもしれない病気」として知っておいてほしいと思います。知ることで、偏見は薄まります。薄まった偏見が、当事者の生きやすさを作ります。Lさんのような方が「声があっても、笑える日がある」と語れる社会を、一緒に作っていきたいと思っています。
Lさんは今、週に数日は外出できるようになっています。「声はまだあるけど、それより外に行きたい気持ちの方が強い日が増えた」と言っていました。統合失調症の「回復」はゆっくりです。でも確実に、変わっていく。Lさんが「今日は声が少なかった」と笑って話してくれる日を、私はこれからも楽しみにしています。統合失調症とはどんな病気か——それは、Lさんと一緒にいる時間の中で、私も毎回学び続けています。
統合失調症の方が、声があっても笑える日を持てるように。ピアノを弾ける日が続くように。誰かと話せる日が増えるように。その一日一日を、一緒に作っていくことが、精神科訪問看護の仕事です。統合失調症について知ってもらうことが、当事者の生きやすさを少しずつ変えていく。読んでくれてありがとうございます。
統合失調症について「怖い」というイメージを持っていた方も、この記事を読んで少し違う見方ができたなら嬉しいです。Lさんのような方が、地域でその人らしく生きていける社会に向けて、今日も訪問を続けています。
統合失調症のある方が地域で暮らせる社会を、一緒に作っていきたい。今日も訪問を続けながら、そう思っています。知ることが、変えることの始まりです。
「声があっても笑える日がある」——Lさんが教えてくれた回復の形を、これからも大切にしています。
Lさんが笑う日を、一緒に増やしていきます。それがこの仕事の醍醐味です。
統合失調症とともに生きる方の日常を、これからも支え続けます。
知ること、続けること。それが醍醐味です。
坂本なつ(精神科訪問看護師・12年)