「回復」という言葉を、どう定義するか。これは精神科の世界でも、ずっと議論されてきたテーマです。
私なりの答えは、「その人が、その人らしく生きていること」です。
「治る」と「回復」は違う
統合失調症や双極性障害は、「完治」することが難しい疾患です。薬を飲み続けても、症状がゼロになるわけではない場合もある。
でも、「症状がある=回復していない」ではないと思っています。
幻聴が聞こえながらも外に出られるようになった。再入院を繰り返しながらも、少しずつ地域で暮らせるようになってきた。毎日薬を飲み続けている。
それは「回復」ではないでしょうか。
Jさんが「空」を見た日
10年ぶりに外に出た日に書いたJさんのことを、「回復の一場面」だと思っています。
症状は残っていました。でも外に出た。空を見た。「こんなんでしたっけ」と言った。それは確かに、何かが変わった瞬間でした。
「どうなりたいか」を聞く
訪問看護で大切にしていることのひとつは、「どうなりたいか」を本人に聞くことです。
「また働きたい」「近所のコンビニに一人で行けるようになりたい」「家族と仲直りしたい」——目標は人それぞれです。その目標に向けて、一緒に考える。
回復の形は、一つじゃない。その人の数だけある。
「症状がなくなること」と「生きること」は違う
「回復したら症状がなくなるんですか」と聞かれることがあります。統合失調症や双極性障害の場合、「症状がゼロになる」ことは難しいことが多い。でも「症状がゼロでなくても回復している」状態は、十分にあります。
「回復」の定義は、医療と当事者の間で少し違うことがあります。医療側の「回復」は「症状が減っている」「薬が効いている」という観点が多い。でも当事者にとっての「回復」は、「自分らしく生きられること」「やりたいことができること」「笑える日がある」ということが多い。この違いを理解することが、精神科の支援において重要だと感じています。
Uさん(44歳)は、幻聴が続いていながら「回復している」と感じていました。「声はあるけど、今は声より友達との電話の方が大事」と言っていた。声が「優先度の高いもの」から「うるさいけど二番目のもの」になっていた。症状の量ではなく、症状との関係が変わっていた。それが、Uさんにとっての回復でした。
「回復の物語」を一緒に作ること
精神科リハビリテーションの分野では、「リカバリー」という概念が重視されています。「症状がなくなること」ではなく、「疾患があっても意味のある人生を生きること」がリカバリーの中心です。「自分の人生の主人公でいること」「希望を持てること」「社会に繋がっていること」——これらがリカバリーを構成する要素とされています。
「回復の物語を一緒に作る」という感覚で、利用者さんと関わっています。「今まであなたはこんな変化をしてきた」「この部分が強くなった」という物語を言語化することで、本人が「自分は変わってきた」という感覚を持ちやすくなります。過去の困難が「あったから今がある」という意味を持つとき、その人の人生の物語が変わります。
Vさん(39歳)は「発症してからの10年間は地獄だった」と言っていましたが、「でもその10年があったから、今はやっとわかってきた」とも言うようになりました。「地獄だったけど無駄じゃなかった」という意味づけが生まれた。その言葉が出てきたとき、「回復が進んでいる」と感じました。
「小さな回復」を見逃さないこと
「大きな回復」はわかりやすい。「入院しなくなった」「仕事ができるようになった」「一人で外出できるようになった」——そういった変化は目に見えます。でも精神科の回復は、多くの場合「小さな積み重ね」です。
「今日は自分で洗濯できた」「先週より眠れた」「薬を飲み忘れなかった」——これらを「大した変化じゃない」と見逃してしまうと、本人の「回復している感覚」が育ちません。「こんな小さいことで喜んでいいんですか」という方に、「これは大事なことです」と伝えることが、回復の感覚を育てます。
訪問看護師として、「小さな回復を言葉にする人」でいたいと思っています。「今週は薬が全部飲めましたね」「先週より顔色がいいです」「今日は話が長くなりましたね」——そういった言葉を届けることが、その人の回復の記録になります。回復は、言葉にされて初めて「自分の変化として受け取れる」ことがある。それを届けるのが、この仕事のひとつだと思っています。
「回復」という言葉の難しさ
精神科の分野で「回復」という言葉を使うとき、私はいつも少し立ち止まります。骨折が治るように、元の状態に戻ることを「回復」と呼ぶのか。それとも、病気と共に生きながら自分らしい生活を取り戻すことが「回復」なのか。
精神医学の世界では後者の考え方——「リカバリー」という概念——が広まっています。症状をゼロにすることではなく、その人が意味のある生活を送れるようになること。そのプロセス全体が回復だという考え方です。Uさんとの関わりを通じて、私はその意味を肌で理解していきました。
Uさんの「もどかしい回復」
Uさん、44歳。双極性障害の躁うつを繰り返していました。躁状態のときは「私は治った!もう来なくていい」と言い、うつ状態のときは「どうせ治らない。もう終わりだ」と言う。その振れ幅の中で、私はずっと定点として訪問を続けました。
Uさんが「回復している」と感じた瞬間はいくつかあります。一つは、自分が躁転しそうなことに気づいて「眠れない日が続いています」と自分から言えるようになったとき。以前は眠れない夜を「調子がいい!」と喜んでいたUさんが、「これは危ないかもしれない」と認識できるようになった。それは大きな変化でした。
もう一つは、娘さんとの関係です。躁うつの波の中でUさんは娘さんを傷つける言動を繰り返してしまっていました。それが回復してきたころ、Uさんは娘さんに「ごめんね」と言えるようになりました。娘さんがグループホームに入居することになったとき、「寂しいけど、あの子には自分の生活があるから」と言えた。それはUさんの回復を示す言葉だと思いました。
Vさんが「回復」を手放した日
Vさん、39歳。統合失調症の陰性症状が強く、感情の平板化と意欲低下が主な問題でした。Vさんは「治りたい」という気持ちが薄く、「どうなってもいい」という言葉をよく使っていました。
私はVさんに「回復しましょう」とは言いませんでした。ただ、毎週来て「今週はどうでしたか」と聞き続けました。Vさんはいつも「まあ、普通です」と答えました。その「普通」の内容が、少しずつ変わっていくのを私は聞いていました。
最初の「普通」は、ベッドから出られてご飯が食べられた、という普通でした。半年後の「普通」は、近所を散歩できた、という普通になっていました。一年後の「普通」は、図書館で本を一冊読んだ、という普通でした。Vさんの「普通」の水準が、静かに上がっていたのです。
ある日、Vさんが言いました。「坂本さんが毎週来るから、まあいいかと思えます」。回復を目標にしなかった人が、気づけば回復していた。それがVさんの回復の形でした。
回復は、その人のものだ
UさんもVさんも、「回復とはこういうものだ」という型には当てはまりません。Uさんは今も波があります。Vさんは今も意欲が高いとは言えません。でも二人とも、一年前と比べて確実に違う日常を生きています。
回復はその人のものです。看護師が決める目標ではなく、その人が生きていく過程で形づくられるもの。私にできるのは、その過程に伴走することだけです。今日も二人の訪問があります。「回復しましたか」とは聞きません。「今週はどうでしたか」と聞きます。その答えの中に、回復はあります。
回復を「見届ける」こと
精神科訪問看護師として長くこの仕事をしていると、「回復の全過程を見届ける」という経験ができることがあります。発症の混乱期から、少しずつ安定していく過程、社会参加に向けた一歩一歩——そのすべてに伴走できる関係が生まれることがある。それはこの仕事の大きな喜びの一つです。
UさんとVさんは、それぞれ異なる形の回復を歩んでいます。Uさんは波がありながらも、その波を自分でモニタリングできるようになった。Vさんは「回復」を目標にしなかったのに、気づけば「普通」の水準が上がっていた。どちらも教科書には書いていない回復の形です。
「回復した」という終わりはない
精神疾患の回復に「完治」という概念はほぼありません。風邪が治るように、ある日突然「回復しました」とはならない。症状が軽くなり、生活が安定し、その人らしい日々が取り戻されていく——そのプロセスが「回復」です。
だから訪問看護は長期にわたります。「もう大丈夫」という日が来ても、また不安定になる時期が来ることがある。そのときに「また来てくれる人がいる」という安心感が、回復を支える基盤になります。
UさんもVさんも、今も私の担当利用者です。回復の途中にいる彼らに毎週会いながら、私は「回復とはどういうことか」という問いへの答えを、少しずつ更新し続けています。今日もその答えを探しに、訪問に出かけます。
「回復」を共に定義すること
リカバリーという概念の核心は、「その人が自分の回復を定義する」ということです。看護師が「あなたはここまで回復しました」と言うのではなく、本人が「自分にとっての回復とはこういうことだ」と決めていく。その過程を支えることが、精神科訪問看護師の役割です。
Uさんにとっての回復は、「波を自分でコントロールできること」でした。Vさんにとっての回復は、「普通の日々が続くこと」でした。どちらも正解です。外から見た基準ではなく、その人の価値観に沿った回復の形がある。
私がUさんとVさんに伝えてきたことが一つあります。「回復の定義は、あなたが決めていい」という言葉です。これは最初、二人ともピンとこない顔をしていました。「どういうことですか」と聞かれたときに、「どんな生活が送れたら、自分で自分に合格点をあげられそうですか」と聞き直しました。
Uさんは「娘と普通に話せること」と言いました。Vさんは「週に一回、図書館に行けること」と言いました。その言葉が、それぞれの回復の方向を指し示しました。小さな、具体的な目標。それに向かって歩くことが「回復の過程」です。今日も二人の訪問があります。「最近どうですか」から話を始めます。
UさんもVさんも、「回復した」とは自分では言いません。Uさんは「まだ波がある」と言い、Vさんは「まあまあです」と言います。でも二人の「まあまあ」は、出会ったころとはまったく違う「まあまあ」です。その違いを知っているのは、長く関わってきた私だけかもしれません。長く関わること、変化を見続けること——それが訪問看護師の特権でもあります。今日もその特権を活かしに、訪問に出かけます。
回復はその人のものです。その人のペースで、その人の形で進む。私はただ、そのそばにいます。
Uさんが「娘と普通に話せた」と言った日、私はその「普通」の重さを知っていました。躁うつの波の中で何度も関係が傷ついた後の「普通」は、ただの普通ではありません。積み重ねてきた時間の重さが、その一言に入っています。Vさんが「まあまあです」と言う顔が、出会ったころと違うことを、長く関わってきた私だけが知っています。その変化を見続けることが、訪問看護師の仕事の核心です。今日も二人に会いに行きます。
Uさんが「娘と普通に話せた」と言った日、私はその「普通」の重さを知っていました。躁うつの波の中で何度も関係が傷ついた後の「普通」は、ただの普通ではありません。積み重ねてきた時間の重さが、その一言に入っています。Vさんが「まあまあです」と言う顔が、出会ったころと違うことを、長く関わってきた私だけが知っています。その変化を見続けることが、訪問看護師の仕事の核心です。今日も二人に会いに行きます。
UさんもVさんも、今日も自分のペースで生きています。波があっても、意欲が低くても、それぞれの「回復」の形で、確実に前に進んでいます。その歩みに伴走できることが、精神科訪問看護師としての私の喜びです。今日も二人の訪問があります。
坂本なつ(精神科訪問看護師・12年)