精神疾患のある家族を長年支えてきた人たちの疲弊を、私は現場でたくさん見てきました。「もう限界です」という言葉を直接聞いたことが何度もあります。それは突然出てくるものではありません。家族は長い時間をかけて、少しずつ限界に近づいていく。そしてある日、その言葉が出てくる。今日は、家族が限界になっていくプロセスと、そのサイン、そして「どうすれば良かったか」を書いてみます。
「自分の人生を生きたい」という言葉が出た日
Pさんという70代の女性の話をします。娘さんが長年精神疾患を抱えて生活しており、Pさんはずっと支えてきた方です。娘さんのグループホームへの入居が決まって引っ越しが完了したとき、Pさんはふっと軽くなった様子で「これからは自分の人生、好きなようにいきたい」と話してくれました。
その引っ越しの前後、Pさんは各種手続きや施設との調整、娘さんの荷物整理などで多忙を極めていました。自転車を使う機会が増えてこむら返りも頻回になっていたにもかかわらず、「体がしんどいけど、落ち着いたらゆっくりしたい」と言いながら動き続けていた。睡眠は深夜1時就寝・早朝5時半起きが続いていた。体がしんどくても「まだできる」と動き続ける——それが長年支えてきた人の姿でした。
引っ越しが落ち着いてから、Pさんはウクレレを買ったと話してくれました。「ずっとやりたかったけど、時間もなかったし、なんか自分のことより娘のことって気持ちが抜けなくて」と言っていました。その言葉に、これまでの何年かが凝縮されているように感じました。娘のことで手一杯の間は、自分のやりたいことを後回しにしてきた。それが何年も続いていた。「ウクレレ、弾けそうですか」と聞いたら、Pさんは少し照れたように笑いながら「まだ全然。でも弾いてると楽しくて、時間忘れる」と言いました。「時間を忘れる体験」を取り戻したこと——それが、Pさんにとっての回復のひとつだったと思います。
家族の限界はある日突然来ない
発症したとき、家族は一生懸命支えようとします。病院に付き添い、薬を管理し、仕事を調整して、夜中の電話にも出る。その頑張りは本物です。でも、それが1年、3年、5年と続く。支えることへの疲弊は、じわじわと積み重なっていきます。「少し休みたい」と思っても、「でも私が支えなければ」という気持ちで動き続ける。感謝されないことへの孤独感。「いつ良くなるんだろう」という先の見えなさ。「また同じことが起きた」という疲れ。それらが重なって、ある日「もう無理」という言葉が出てくる。
家族が限界に来たとき、それは「愛情がなくなった」からではありません。それだけ長く、必死に支えてきたからです。「もう無理」という言葉は、弱さの表れではなく、限界まで頑張ってきた証だと私は思っています。
家族関係そのものが症状に影響することもある
Gさんという20代の方がいました。精神的に不安定になる引き金のひとつが、母親からのLINEメッセージでした。「母親とは思えないような内容の連絡があった」とGさんは話してくれました。具体的な内容は話してくれませんでしたが、それを受け取った夜、Gさんは友人と出かけた際に過呼吸になって倒れてしまったとのことでした。マンホールに顔をぶつけるほどの倒れ方で、友人が数時間そばで見てくれていた。「ストレスが溜まっていたのかな」とGさんは言っていたが、その積み重なりが体に出た瞬間でした。
Gさんは「家族のことを悪く言いたいわけじゃないんですけど」と言いながら話してくれました。「でも、あの連絡が来るとダメになる。自分でもわかってる、でも体が反応してしまう」と。家族を責めたいわけではない、でも傷つく。その複雑な気持ちは、当事者にしかわからないものがあります。Gさんの本当の望みは、「自分で働いて、自分の力で生活を立てること」でした。でも今は体調が悪いから支援を受けなければならない——そのもどかしさも、重なっていました。経済的な依存と精神的な傷つき。その両方を抱えながら、一人で立とうとしていた。
このケースのように、家族の言動や関係性が症状に直接影響することがある。「家族だから支えてもらえる」とは限らない。時に、家族との距離を保つことが、本人の安定につながることもあります。
限界に近い家族が見せるサイン
12年の経験の中で、「この家族は限界に近いかもしれない」と感じるときがあります。
連絡が急に増える、または途絶える。本人の状態が変わったわけでもないのに「どうしたらいいですか」という電話が急に増えるとき、家族の不安や焦りが高まっているサインです。逆に、それまで連絡をくれていた家族から連絡が途絶えることもある。「もう関わりたくない」「見ていられない」という気持ちの表れかもしれません。
本人への言葉が荒くなる。訪問中に「なんでそんなことするの!」「いい加減にして!」という言葉が出てくる。家族も「こんな言い方は良くない」とわかっているはずです。でも疲れていると、優しい言葉が出なくなっていく。「つい怒鳴ってしまった」と後から泣いて話してくれる家族を、何人も見てきました。
「どこかに入れてしまいたい」という言葉が出る。この言葉が出てきたとき、批判するのではなく「そこまで追い詰められている」という事実として受け取るようにしています。この言葉を言うためには相当の勇気が必要です。「そんなことを言う自分は冷たい親だ」という罪悪感と闘いながら、それでも言ってしまうほど追い詰められている。
家族自身の体調が悪くなる。眠れていない、食欲がない、頭痛が続く——「私のことはいいんです」と言いながら顔色が悪い。家族が倒れると、本人も一緒に危機になります。「支える人が支えられる」仕組みが、まだまだ整っていないと感じます。
家族が一番言いにくいこと
「本当は、逃げ出したい」——この気持ちを、家族が口に出すことは少ないです。「家族を見捨てるのか」と思われそうで怖い。「そんなことを思う自分はひどい人間だ」という罪悪感もある。でも、長年支えてきた末に「もう離れたい」と思うのは、ごく自然なことだと私は思っています。そう言えた家族には、「それだけ長く、一生懸命支えてきたということだと思います。限界まで頑張ってきたから、その言葉が出てきた。それは責められることではない」と伝えるようにしています。
家族が使えるサポート
家族への支援はまだ十分に知られていませんが、使える制度やサービスがあります。家族会——同じ立場の家族が集まる場所です。「自分だけじゃない」という感覚が大きな支えになります。全国精神保健福祉会連合会(みんなねっと)など、地域の家族会を主治医や訪問看護師に聞いてみてください。「誰かに話を聞いてもらうだけで楽になる」という声を、よく聞きます。同じ経験をしてきた人の言葉には、支援者の言葉とは違う重みがあります。
レスパイト(計画的な一時入院)——本人に短期入院してもらうことで、家族が一時的に休める仕組みがあります。「入院させる=悪化した」ではなく、「家族が休むための計画的な入院」という使い方です。「少し離れる時間があると、また関われる気がする」と話してくれた方がいました。離れることは逃げることではなく、また関わり続けるための充電期間だと思っています。精神保健福祉センターへの相談——各都道府県に設置されていて、本人だけでなく家族の相談も受けています。「もう自分が限界かもしれない」——そういった相談にも対応しています。
きょうだいが背負うもの
精神疾患のある家族を支えるのは、親だけではありません。きょうだいも多くの場合、大きな負担を背負っています。「自分が支えなければ」「親が亡くなったら自分しかいない」——きょうだいが感じるプレッシャーは、表に出てきにくい。なぜなら、当事者でもなく、主たる介護者として認識されることも少ないからです。
きょうだいが抱える複雑な気持ちについてはきょうだいが背負うものにも書きました。今日一番伝えたいのは、「支えている人も、支えられていい」ということです。
「支える人も支えられていい」
私が家族に対して大切にしているのは、「家族もケアの対象だ」という視点です。本人を支えることに全力を注いでいる家族は、自分が疲れていること、限界に来ていることに気づかないことがある。「私のことはいいから」という言葉の裏に、「私のことも見てほしい」という気持ちがある。
Pさんがウクレレを買った話を思い出すとき、「自分のことを後回しにし続けてきた時間が、ようやく終わったんだな」と感じます。娘のためにずっと動き続けてきた人が、初めて自分のための時間を持てた。支える人が、自分の人生を生きられること。それも、回復の形のひとつだと思っています。支える家族の方へ伝えたいのは、「あなたが疲れていることは、あなたが弱いからではない」ということです。疲れるほど頑張ってきたから、疲れているのです。
家族が訪問看護を断る場合については「訪問看護は必要ない」と言われたときに、精神疾患の親を持つ子どもたちについては精神疾患の親を持つ子どもたちのことにも書いています。
家族に「正解」を求めないこと
長年支えてきた家族が「どうすれば良かったのか」と自問することがあります。「あのとき怒鳴らなければ」「もっと早く病院に連れて行けば」「あんなことを言わなければ」——後悔の言葉を聞くことが多い。
でも私は、精神疾患のある家族を支える「正解」なんてないと思っています。どれだけ適切に関わっても、再発することはある。どれだけ頑張っても、入院になることはある。家族の関わり方だけが原因で悪化するわけではなく、病気の経過として起きることも多い。「あなたが何かを間違えたから悪化した」ではなく、「それだけ難しい病気と向き合ってきた」という視点で見ることが大切だと思っています。
「正解を求めない」ことは、諦めることではありません。「これをすれば必ず良くなる」という答えを追い求め続けるより、「今できることをやって、それでもうまくいかない日があっても、それはあなたのせいじゃない」という姿勢で関わり続けることが、長く支えていくための力になります。
「もう終わった」と思っていた人が変わったとき
「もう自分はダメだと思ってた」と話す家族に会ったことがあります。10年以上支えてきて、疲れ果てて、「もうどうにでもなれ」と思い始めていた。でもそのとき、本人が自分から「グループホームに入りたい」と言い出した。それがきっかけで状況が変わりはじめた。
「限界だと思っていたとき、本人が動き出した」——そういう話を現場で何度か経験しました。家族が一歩引いたことで、本人が動けるようになった側面があったのかもしれない。「支えすぎることが、時に本人の自立を妨げている」という現実もあります。難しい問題ですが、「支える」と「手放す」のバランスを考えることも大事です。
家族が限界を感じているとき、それは「もう支えられない」だけではなく、「変化が必要なタイミング」のサインでもあることがある。家族が「もう無理」と声を上げることで、新しい支援の形を模索し始められることがある。「限界」は終わりではなく、転換点かもしれない。Pさんがウクレレを買った日、「これが新しい始まりだな」と私は感じていました。
訪問看護師が家族に対してできること
訪問看護師が直接関わるのは、多くの場合「本人」です。でも、家族の状態が本人の安定に大きく影響するため、家族への目配りも仕事の一部だと思っています。訪問中に家族が同席していれば、一言「最近、ご家族もしんどくないですか」と声をかけることがあります。
「ここに来てくれる看護師さんだけが、私の話を聞いてくれる」と言ってくれた家族がいました。本人の訪問のついでに、5分だけ家族の話を聞く。それだけで「一人じゃない」と感じてもらえることがある。家族のケアは、本人のケアと同じくらい大事だと思っています。
訪問のたびに、本人だけでなく家族の顔も見るようにしています。「今日の顔色は?」「声のトーンは?」——家族が疲れてきたサインを早めにキャッチして、「最近大変じゃないですか」と声をかける。その一言が、家族が倒れる前に立ち止まるきっかけになることがあります。
坂本なつ