訪問看護師をやっていると、「今日は来ないでください」と言われる日があります。

ドアの前でインターホンを押して、「今日はいいです」と言われる。電話で「今日は来ないでほしい」と連絡が来る。または、何度インターホンを押しても出てこない——訪問拒否と呼ばれる状況です。初めてそういう日を経験したとき、私はかなり動揺しました。「何かまずいことをしたのか」「嫌われてしまったのか」「この人はもう会ってくれないのか」と。

初めて「来ないでください」と言われたとき

担当して3ヶ月ほど経ったころ、Kさん(50代の男性)から「今日はいいです」と言われました。前の週まで普通に話せていたのに、急に。

「何か失礼なことを言っただろうか」と、前回の訪問を頭の中で繰り返しました。でも思い当たることがない。「体調が悪いのか、精神状態が悪化しているのか、それとも私に対して何かあるのか」——いろいろな可能性を考えながら、ドアの前に立ったまましばらくいました。

「今日は気分が乗らないんです」「疲れているので」と理由を言ってくれる方もいれば、理由を言わずに断る方もいる。「また来週来てもいいですか」と聞くと、「まあ、来てみてください」という答えをもらいました。その日はそこで引き上げました。

ステーションに戻って先輩に話すと、「それは自然なことだよ。嫌われたわけじゃない」と言われました。「毎週来られるのが、疲れることもある。少し距離を置きたいときがある。それを正直に言えるということは、関係が悪くなったわけじゃないかもしれない」と。

「断る」ことができるのは、安心の証かもしれない

先輩の言葉を聞いて、少し見方が変わりました。「来ないでください」と言えることは、「言っても大丈夫だと思っている」ということでもある。言えない関係では言えない。断れる関係だから断れる、という側面があるかもしれないと。

病棟では、患者さんは断れません。看護師が来ると決まっていれば来る。でも訪問看護は、本人が「来ていい」と思わなければ始まらない。「断れる」こと自体が、訪問看護の特徴のひとつだともいえます。断れる、だからこそ「来てほしいと思ったとき」の関係が意味を持つ。

拒否が続くとき——心配な場合の対応

「今日は来ないで」が1回なら、あまり心配しません。2回、3回と続いたとき、または以前とは明らかに様子が違う場合は、心配になります。

状態が悪化しているとき——幻聴が強まって「誰も入れたくない」という状態になっているとき、または気分の落ち込みが強くて「誰とも会いたくない」というとき——そういう理由で断ってくることがあります。この場合は、できるだけドアの外から声をかけて「今週の調子はどうですか」と確認します。直接会えなくても、声が聞ける、返答が来るということを確認するだけでも大事です。

「また来週来てもいいですか」と毎回確認することを続けます。「来るな」という強い拒否でない限り、「また来週来てみる」を繰り返すことが大事です。関係は切れていない、という姿勢を見せ続けることで、「やっぱり来てほしい」という気持ちが出てきたときに、また扉が開きます。

それでも次の週も行く理由

「来ないでください」と言われた翌週、また行きました。インターホンを押して待つ。今回は出てきてくれました。「先週はごめんなさい、気分が悪かったので」と言っていた。

「大丈夫です、また来週も来ます」と伝えました。「また来る」という事実が積み重なることで、「この人はどんなときでも来てくれる」という安心が生まれる。それが関係の土台になっていきます。

怒鳴られた日のことは怒鳴られた日のことにも書きました。「また来週も来る」という継続の意味については「寄り添う」とはどういうことかにも触れています。

「嫌われた」のではないと気づくまで

訪問看護師をしていると、「拒否」に対して傷つくことがあります。特に最初のうちは、「自分が嫌われたのかもしれない」という気持ちが強くなることがある。でも経験を積む中で、「拒否はその人の今の状態を表しているのであって、私への評価ではないことが多い」とわかってきました。

「今日は誰とも話したくない日」は、誰にでもある。精神疾患があると、そういう日が多くなることがある。「来ないでください」は「あなたが嫌いです」ではなく、「今日の自分の状態がそういう状態です」というメッセージであることが多い。

12年経った今も、「今日はいいです」と言われる日があります。でも今は「そうか、今日はそういう日か」と思えるようになりました。「また来週来ます」と伝えて引き上げる。次の週にまた行く。それだけです。それが続くことで、「いつでも来ていい人」になれるのだと思っています。

Kさんが「来ないでください」と言った理由

「来ないでください」と言われたとき、最初に感じたのは「何かやってしまったかな」という不安でした。前回の訪問で何か気に障ることを言ったか、Kさんの様子がいつもと違ったか——記録を読み返して確認しました。でも特に思い当たることはなかった。

翌日、事業所から電話して「今日の訪問についてどうでしょうか」と確認しました。Kさんは「気分が悪い日があって、人に会いたくない。悪いですけど今日は来ないでください」と言いました。「わかりました。何かあれば連絡してください」と答えて電話を切りました。

次の訪問日、Kさんは「先週は悪かったです」と言っていた。「いえ、大丈夫ですよ。調子の悪い日もあります」と答えると、「来ないでって言えてよかったです。前は言えなかった」と言いました。その言葉が、すごく印象に残っています。

「断る力」が回復のサインになること

精神疾患のある方と関わっていると、「断れない」という方がとても多いと感じます。特に統合失調症や不安障害の方は、「迷惑をかけてはいけない」「断ったら関係が壊れる」という恐れを強く持っていることがある。医療者や支援者に対しても、「嫌だ」「今日は来ないでほしい」と言えない。

だからKさんが「来ないでください」と言えたことは、私にとっては回復のサインでした。「嫌なことを嫌と言える」「自分の状態を言葉にして伝えられる」——それは、自己主張のスキルであり、自分を守る力でもあります。医療者に対して「今日は来ないでほしい」と言えるということは、「自分に今日は何が必要か」がわかっているということでもある。

「断られる」ことを嫌がる支援者がいます。「来させてくれないなら支援できない」という論理で、無理に訪問しようとする場合もある。でも私は、「断られること」はむしろ関係が育っているサインだと思っています。「断っても関係が壊れない」という信頼がなければ、断れない。「この人には断っていい」と思えているから、「来ないでください」と言える。その言葉を受け取ることが大事です。

拒否への対応で関係が決まること

「来ないでください」と言われたとき、どう返すかで、その後の関係が変わります。「わかりました」と答えて引いた場合と、「でも状態が心配だから」と言って押した場合では、Kさんが次回どう行動するかが変わります。

「来ないでください」をそのまま受け入れると、「言っても大丈夫だった」という体験が積まれます。次回も必要なときには「来ないでください」と言えるようになる。逆に「心配だから来る」と押すと、「言っても聞いてもらえない」という体験になる。次からは「どうせ言っても無駄」と思って、言わなくなるかもしれない。

もちろん、安全が心配な場合は別です。「来ないでください」と言いながら状態が明らかに悪化しているとき、自傷や自殺のリスクがあるとき——そのときは引いてはいけない。「拒否をそのまま受け入れる」と「リスクを無視する」は違います。Kさんの場合は、電話の声のトーン、「気分が悪い日がある」という説明、前回からの経緯を総合的に判断して、「今日は引いていい」と判断しました。

「また来てください」と言われる日のこと

Kさんは今、訪問を楽しみにしてくれています。「先週テレビで面白い番組があって」「昨日公園に行ってきた」という話を、会うたびにしてくれる。「来ないでください」と言っていた人が、「また来てください」と言ってくれるようになった。

その変化は、「来ないでください」を受け入れた日から始まったと思っています。「断っても大丈夫だった」という体験が、「来てもらっても大丈夫」という安心に変わった。拒否を受け入れることが、関係を壊すのではなく、深めることになった。

「訪問看護師に来てほしい」と思ってもらえることが、この仕事のゴールだとは思っていません。「来ても来なくても、どちらでも言える」関係を作ること。そのための信頼を積み上げていくことが、長く関わり続けるための基盤だと思っています。Kさんが「来ないでください」と言えた日は、その基盤ができていた日でした。

「来ないでください」と言えない人たちのこと

Kさんが「来ないでください」と言えたことは、振り返ってみると特別なことでした。それが言えない方の方が、はるかに多いからです。「来てもらわないと困る」「迷惑をかけてはいけない」という思いから、本当は来てほしくなくても「どうぞ」と言い続ける方がいます。

あるとき、担当の利用者さんが「実は最近、来るのがちょっとしんどかった」と打ち明けてくれたことがありました。「なぜ言ってくれなかったんですか」と聞くと、「言ったら、もう来てもらえなくなると思った」と言いました。「来てもらえなくなる」ことが怖くて、「来てほしくない」とも言えなかった。その言葉に、私は胸が痛くなりました。

「言っても大丈夫」という体験を積み重ねるために、私が意識するのは「小さな拒否を受け入れること」です。「今日はここに座りたくない」「今日はその話をしたくない」——そういう小さな「いや」を受け入れることで、「この人には言っていい」という信頼が少しずつできていきます。大きな「来ないでください」は、小さな「いや」の積み重ねの先にあります。

「断ること」と「拒絶」は違う

Kさんが「来ないでください」と言ったとき、「私のことが嫌いになったのかな」という感情が一瞬よぎりました。それは正直な反応です。でも考えてみると、「嫌いな人なら、電話して断ってはくれない」と気づきました。電話してきたのは、「来てもらっている関係」があったからです。「断る」のは「拒絶」ではない。「今日は来ないでほしいという意思を伝えること」です。

その区別が、私の中でできていると、利用者さんの「来ないでください」を「関係が壊れた」と受け取らずに済みます。「今日は調子が悪い日だった」と受け取れる。そして次の訪問日に「先週は大変でしたね」と声をかけることができる。「断られた」ではなく「状態を教えてもらえた」という関係が、ここにあります。

「来ないでください」という言葉を受け取れる関係は、一朝一夕にはできません。週に一度の訪問を何ヶ月も続けて、小さな「いや」を少しずつ積み重ねて、「断っても大丈夫だった」という体験を育てていく。その時間を一緒に過ごすことが、訪問看護師にしかできないことだと思っています。Kさんが「また来てください」と言ってくれるようになった今も、「来ないでください」と言える日があっていいと思っています。それだけの関係が、ここにはあります。

Kさんが「来ないでください」と言った日のことを、私はときどき思い出します。あの電話があったから、今の関係がある。「断られること」が「信頼の証」になり得るということを、Kさんが教えてくれました。これからも、Kさんが「今日は来ないでください」と言える日を、大切にしていきたいと思っています。

訪問看護の関係は、医療的な処置だけでは作れません。「来ていい」「来ないでいい」の両方を言い合えること。その自由が、本当の意味での支援関係だと思っています。Kさんとの関係が、その理想に少し近いものになっていると感じています。

「断ってくれてありがとう」と、Kさんに伝えたことがあります。Kさんは少し笑って「そんなこと言われたの初めてです」と言いました。

Kさんとの関係は、これからも続いていきます。

Kさんとの日々は続きます。

続きます。


坂本なつ

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