もともとは病院の精神科病棟で働いていました。
7年間いて、やめました。理由はいくつかあったけれど、一番大きかったのは「退院後のことが見えない」ということでした。
退院後、どうなるのか知らなかった
病棟では、入院から退院までを担当します。退院のとき、「頑張ってください」と見送る。でも、その後どうなったかは基本的にわかりません。
「あの患者さん、ちゃんと薬飲めているかな」「一人暮らしで大丈夫かな」と思っても、確認する手段がない。再入院で戻ってきたとき初めて「あ、やっぱり大変だったんだ」と知る。
それがずっと引っかかっていました。
訪問看護を選んだ理由
訪問看護なら、退院後も継続して関われる。病院では見えなかった「生活の中の姿」が見える。
そう思って転職しました。最初は不安でした。病棟と違って、一人で利用者さんの家に行く。何かあってもすぐ他のスタッフに頼れない。
でも、初めて訪問した日(初めて訪問した日のこと)に「来てくれたんですか」と言われて、これだと思いました。
病院を辞めてよかったと思う
12年経った今も、そう思っています。
Jさんが10年ぶりに外に出た日のこと、Dさんが「声と負けなければいい」と言った日のこと。そういう場面に立ち会えるのは、訪問看護だからです。
「退院後」を知りたかった
病棟で7年働いていたとき、「退院した後どうなるか」が見えませんでした。退院したAさんが、1ヶ月後にどんな生活をしているか。3ヶ月後に再入院しているか、していないか。外来に来ているか、来ていないか。それが全くわからなかった。
「頑張ってください」と見送って、再入院で戻ってきたとき、「あの言葉は意味があったのか」と感じることがありました。退院を繰り返す方を何人も担当するうちに、「退院後の生活を支えることが根本的に大事なのかもしれない」という思いが膨らんでいきました。
訪問看護への転職を考えたとき、「今の病棟の仕事をやめていいのか」という迷いがありました。でも「退院後が見えないまま、退院を繰り返す方に関わり続けることへの限界」も感じていた。転職を決めたのは、「退院後の生活の中に入ってみたい」という純粋な好奇心でもありました。
最初の訪問のこと
訪問看護師になって最初の利用者さんは、60代の統合失調症の男性でした。病院の中での看護師と違い、相手の「家」に行く。その違いが、最初は緊張でした。「自分は何をすればいいのか」「何を話せばいいのか」が、病棟での経験とは全く違って感じられた。
最初の訪問で、バイタルを測って、薬を確認して、「最近どうですか」と聞いた。「まあそんなに変わりない」という返事でした。部屋を見回すと、窓の外に小さな庭があって、植木鉢がいくつか置かれていた。「花を育てているんですか」と聞くと、「ああ、好きなんだ」と言って、少し顔が柔らかくなった。
「花の話なら続く」と思って、次の訪問も花の話から始めました。3回目のとき、「この間咲いた」と玄関先で待っていてくれました。その瞬間、「ここが違う」と感じました。病棟では「待っていてくれる人」はいなかった。訪問看護には、「来るのを待っていてくれる関係」がある。
「辞めようと思った日」のこと
訪問看護師になって3年目、「辞めようと思った日」がありました。担当していた方が突然亡くなりました。自殺でした。「もっと気づけたのでは」「あの日もっと話を聞いていれば」——その問いが、ずっと頭から離れなかった。
スーパーバイザーと話して、「あなたにできることは全部やっていた」と言ってもらいました。でも「全部やっていた」という言葉が、最初は慰めにならなかった。「全部やっても足りなかった」という感覚の方が強かった。
その経験から、「関わることで全てを防げるわけではない」という現実を、もっと深く受け入れるようになりました。できることの限界を知ることは、「できることをちゃんとやる」への力になります。限界があることを知りながら、それでも続けること——それがこの仕事の難しさであり、続けられる理由でもあります。
病院を辞めてよかったと思うこと
12年経った今、「病院を辞めてよかった」と心から思っています。理由は一つではありませんが、一番は「退院後が見える」ようになったことです。
病棟で7年働いていたとき、退院後が見えなかった。今は、退院した翌日に訪問して、「どうですか」と聞ける。退院後1週間、1ヶ月、1年と、その人の生活の変化を見続けられる。「頑張ってください」と見送った人の、その後を知ることができる。
それだけではありません。利用者さんの「ありがとう」が、病棟よりずっとリアルに届く。「あなたが来るから続けられる」「あなたに話せるから楽になった」——その言葉が、玄関先で直接伝わってくる。病棟ではなかなか聞けなかった言葉が、訪問では聞けます。それがこの仕事を続けられる力になっています。
「花を待っていてくれる人」について
訪問看護師になって最初に「病棟と違う」と感じたのは、「待っていてくれる人がいる」ことでした。病棟では、患者さんが「来てほしい」と思う前に、こちらが行くことがほとんどでした。でも訪問では、「来てほしい」という場所に行く。その違いは、関係性の質を変えます。
「来てほしい」場所に行くことで、「来てくれた」という体験が生まれます。その体験が、「この人は来てくれる」という信頼になっていく。信頼が積み重なると、「先生には言えないことを話せる」関係に変わっていく。最初の利用者さんが「花が咲いた」と玄関先で待っていてくれたあの瞬間に、「この仕事はこういうものか」と感じました。
「辞めようと思った日」の意味
訪問看護師3年目に担当の方が亡くなって、「辞めようと思った日」のことを、今でも覚えています。あの日、「この仕事で誰かを失う可能性がある」ということを、初めてリアルに受け取りました。
「続けるべきか辞めるべきか」を真剣に考えたとき、「辞めることは逃げることではない」という選択肢も持ちつつ、「それでも続けたい理由はあるか」と自問しました。「退院後が見えるようになったこと」「待っていてくれる人がいること」「玄関先で届く言葉があること」——これらが、「続けたい理由」として残っていた。
「辞めようと思った日」があったから、「続ける理由」を見つけ直すことができました。あの経験がなければ、漫然と続けていただけかもしれない。困難な経験が、「何のためにやるか」を問い直す機会になる。精神科の訪問看護師を続けるうえで、あの日は転換点でした。
12年経って「やめなくてよかった」と思う理由
訪問看護師を12年続けてきて、「やめなくてよかった」と思う場面がいくつかあります。一番大きいのは、「長い時間を知っている」ということです。
Jさんが10年ぶりに外に出た日を知っています。Lさんが「声が聞こえなかった3日間」と言った日を知っています。APさんが「また上がりそう」と自分で気づいた日を知っています。病棟にいたままでは、こういった「その人の変化の瞬間」に立ち会えなかった。
「変化に立ち会う」ということは、「変化の前の状態を知っている」ことが必要です。1年前、2年前のその人を知っているから、「変わった」ことがわかる。長く関わることで初めて見えるものがある。それが、「12年続けてきた」ことの価値だと思っています。
病院を辞めてよかった。訪問看護師になってよかった。そして、「辞めようと思った日」を越えてよかった。その積み重ねが今日につながっています。これからも、玄関を叩き続けます。
「退院後が見える」という喜びについて
病棟で7年間「退院後が見えなかった」経験があるからこそ、「退院後が見える」今の仕事の価値が実感できます。退院した翌日に行って「どうですか」と聞けること、退院後1週間・1ヶ月の変化を追えること——これは当たり前のことではありませんでした。
「退院後に再入院する方が多い」という現実を、病棟のときは「残念なこと」として受け取っていました。でも訪問看護師になって、「退院後をどう支えるか」が再入院の数に直結することを実感しました。退院直後の不安な時期に、「来てくれる人がいる」という安心が、「もう少し続けてみよう」という力になる。
Qさん(60代)が退院した翌日、玄関先で「また来てくれた」と言ってくれた日を覚えています。入院中も訪問看護師が会いに行っていたので、顔は知っていた。でも「退院した日にすぐ来た」という事実が、Qさんにとって「また一人じゃない」という感覚につながった。その一日の積み重ねが、Qさんの在宅生活を支えています。
これからも玄関を叩き続けること
病院を辞めた日から12年。訪問看護師として続けてきた理由を一言で言えば、「続ける理由がある」からです。待っていてくれる人がいる。話してくれる人がいる。「来てよかった」と思える日がある。「辞めようと思った日」を越えてきたから今がある。
「退院後が見えるようになりたい」という最初の動機は、今も変わっていません。むしろ強くなっています。退院後だけでなく、入院前も、日常も、悪化したときも、回復していくときも——その全てを一緒に見続けること。それがこの仕事の本質だと思っています。これからも玄関を叩き続けます。
訪問看護師を続けてきて
訪問看護師になって12年で、関わってきた方は数百人を超えます。そのうちの多くの方と、今も関わりが続いています。「退院してよかった」「また一人で外に出られた」「今日は仕事に行けた」——そういった変化の積み重ねが、「続けてきた理由」を更新し続けています。
「辛いこと」ももちろんあります。状態が悪化した方を見るとき、うまく関われなかったと感じるとき、大切な方を失うとき——それでも「続ける」を選んできたのは、「続けることにしか見えないもの」があるからです。長く関わってきた方の「今日」を知れることが、この仕事の特権です。
病院を辞めた日から12年。今日も玄関を叩きます。「来てくれるのを待っている人がいる」という事実が、朝に靴を履く力になっています。これからも、玄関の向こうにある「その人の日常」に、一緒に入らせてもらい続けます。
「病院を辞めてよかった」と思う理由は、一つではありません。退院後が見えること、待っていてくれる人がいること、長い時間を知れること——全部が重なって、「よかった」になっています。そのどれかひとつだけでも、「続けてきた理由」になる。12年経った今、それが全部揃っているから、今日も玄関に立てます。Jさんのチョコレート、Lさんのピアノ、APさんの「ガッツポーズ」——それらを知っている私だから、この仕事を続けられる。
「退院後が見えるようになりたかった」——その気持ちは今も変わっていません。退院した翌日に訪問して、「来てくれた」という顔を見ること。それが「また来週も来る」という関係の始まりになる。病院を辞めた日から12年、この繰り返しが私のキャリアの中心にあります。これからも、退院後の玄関に立ち続けます。待っていてくれる人がいる限り、玄関を叩くことをやめません。
病院を辞めた理由は「退院後が見えなかった」からでした。今は、退院後が見えます。その変化を一緒に歩んでいける。それが訪問看護師を続けてきた意味です。これからも、玄関の向こうの人たちと一緒に歩み続けます。
退院後の玄関に立つこと——それが訪問看護師としての私の原点です。Qさんが「来てくれてたんですね」と言ってくれたあの日から、その原点は変わっていません。これからも立ち続けます。
退院後の玄関先。「来てくれてたんですね」というQさんの声が、今も聞こえます。その声があるから、次の玄関を叩けます。これからも玄関に立ち続けます。
「退院後が見えるようになりたかった」。その夢が叶った今、退院後の玄関に立ち続けることが私の使命です。
玄関先で「来てくれた」と言ってもらえるために、今日も靴を履きます。退院後の生活を支えることが、この仕事の核心です。
退院後の玄関先。Qさんの「来てくれた」が今も支えです。これからも続けます。
玄関を叩き続けることが、私の仕事です。今日も行きます。
「退院後が見たい」——その思いが今日も私を玄関に向かわせます。
坂本なつ(精神科訪問看護師・12年)