
「また薬飲み忘れてしまいました」
精神科の訪問看護をしていると、この言葉を聞くたびに少し胸が痛くなる。
本人は忘れたくて忘れているわけじゃない。でも忘れてしまう。それがADHDという特性のひとつだ。
Aさんは20代の男性で、発達の特性がある。訪問のたびにスマートフォンの使い方や、カードの支払い方法について確認することがあった。理解しているようで、次の訪問のときには混乱していることがある。
「何回説明してもらっても、なんかうまくいかへん」
本人はそう言った。責めているわけではない、ただそうなってしまうと。
Bさんは40代の男性で、服薬の管理が難しかった。
訪問のたびに薬の残りを確認すると、「たぶん飲んだ」「飲んだと思う」という答えが多かった。飲んでいないわけではない。でも確信が持てない。
薬を置く場所を決めても、いつの間にかどこかに移動している。カレンダーにシールを貼っても、見る習慣がつかない。仕事で疲れて帰ってきたら、そのまま眠ってしまった、ということが続いた。
Bさんは「自分はだらしない」と思っていた。
でもそれは「だらしなさ」ではなく、ADHDの特性による「実行機能の困難」だ。
ADHDがある人にとって、「毎日決まった時間に薬を飲む」「部屋を片付けた状態に保つ」「期限を守って手続きをする」といったことは、想像以上にエネルギーがいる。
定型発達の人が自然にできることが、ADHDのある人には「意識的に努力しないとできないこと」になっている。
しかも、疲れているときや、気持ちが乱れているときは、その「意識的な努力」ができなくなる。だから「できる日」と「できない日」の波が大きくなる。
訪問看護師として私がやっていることは、「頑張れ」と言うことではなく、「仕組みを変える」ことだ。
Aさんには、スマートフォンの操作手順を紙に書いて貼った。毎回同じ手順で確認できるようにした。
Bさんには、薬をベッドのすぐ横に置く位置を決めた。カレンダーより、目に入る場所に置く方が確実だった。
完璧にはいかない。飲み忘れる日もある。でも「飲み忘れる自分はダメだ」という自己否定が減ると、次の日また飲もうという気持ちになりやすい。
「片付けられない」「忘れる」は、意志が弱いわけでも、怠けているわけでもない。
ADHDという特性が、日常生活のあらゆる場面で「見えないハードル」を作っている。
そのハードルを、一緒に低くしていくことが、訪問看護師の仕事のひとつだと思っている。

