薬を飲み続けることへの抵抗感
心療内科で薬を処方されたとき、正直、飲みたくなかった。
「薬に頼るのは負けじゃないか」という気持ちがあった。看護師として薬の必要性は知っている。でも自分が飲む側になると、話が変わった。
これは、主治医の処方を無視して薬をやめた時期のことを書いた話です。後悔しているかと言えば、正直、そうでもない。でも、その経験が今の仕事で確かに生きている。
なぜ薬をやめようとしたか
自律神経失調症で休職して、心療内科に通いはじめた。薬を飲み始めると、少しずつ落ち着いてきた。それはわかった。
でも、薬を飲んでいるのに不安が出ることがあった。
「飲んでいるのに、なぜ不安が出るのか」と思った。効いていないのかと思った。飲む意味があるのかと思いはじめた。
そのうち「自分で試してみよう」という気持ちになった。主治医には言わなかった。黙って飲む量を減らし、最終的にやめた時期があった。
やめてみてわかったこと
薬をやめると、不安が強くなった。
「やっぱり飲まなくてよかった」ではなく、むしろ逆だった。落ち着きがなくなった。何かに追われているような感覚が戻ってきた。
そこで初めて気づいた。
「飲んでいるのに不安が出る」のではなく、「薬が切れてくる時間帯に不安が出ていた」のだと。
タイミングの問題だった。薬の効果が切れる夕方や夜に不安が出ていた。それを「薬が効かない」と解釈していた。ただの思い違いだった。
再び薬を飲みはじめると、不安は落ち着いた。今は安定している。
主治医に黙っていたことへの正直な気持ち
今振り返ると、主治医に正直に話すべきだったとは思う。
でも、「なぜ黙ってやめようとしたか」は、正直に言えばわかる気がする。
薬のことを話すのが恥ずかしかった。「飲み続けていいのか」「いつまで飲むのか」「飲まなくても大丈夫にならないのか」——そういう不安を、うまく言葉にできなかった。だから黙ってやった。
訪問看護の現場で、薬をやめてしまう利用者さんに会うことがある。理由を聞くと、似たような話が出てくることが多い。「なんか飲み続けるのが嫌だった」「副作用が気になった」「飲んでいるのに調子が悪くて意味を感じなかった」。
その気持ちが、自分の体験としてわかる。
薬をやめる人に共通していること
精神科の薬は、飲み続けることへの抵抗感が生まれやすい薬だと思う。
風邪薬なら「治ったらやめる」という明確な終わりがある。でも精神科の薬は、「いつまで飲むのか」「飲み続けることで何かが変わるのか」がわかりにくい。
副作用も出やすい。眠気、体の重さ、集中力の低下——日常生活に影響が出ると「薬のせいでおかしくなっているのでは」と感じることもある。
調子が良くなってくると「もう飲まなくていいのでは」と思いやすい。でも調子が良いのは薬が効いているからで、やめると戻ることが多い。それがわからないまま自己判断でやめてしまう。
私自身がそうだった。
「薬をやめた」と正直に言える場所があるか
訪問看護で関わっている利用者さんの中に、「実は薬を飲んでいない」と後から打ち明けてくれる人がいる。
「言いにくかった」と言う人が多い。主治医に怒られると思った、というケースもある。
でも薬を飲んでいるかどうかは、治療に大きく影響する。調子が悪くなっている原因を探るとき、薬の状況は重要な情報だ。
正直に話せる場所があることが、大切だと思う。
「やめた」ことを責めるより、「なぜやめたくなったか」を一緒に考えたい。私が訪問看護で大切にしていることの一つが、それだ。
答えを出すのではなく、一緒に道筋を整える。薬についても同じだと思っている。
今の私から、薬を飲み続けることに迷っている人へ
飲み続けることへの抵抗感は、おかしな感情じゃない。私にもあった。
ただ、自己判断でやめる前に、一度「なぜ飲みたくないか」を誰かに話してみてほしい。主治医に話しにくければ、看護師でも、家族でも。話すことで、自分でも気づいていなかった理由が出てくることがある。
薬が切れる時間帯に不安が出る、という仕組みを私が知ったのは、自分がやめてみたからだった。その経験は今でも役に立っている。でも、誰かに話していれば、もう少し早く気づけたかもしれない。
悩んでいるなら、一人で抱えなくていい。
まとめ
主治医に黙って薬をやめた経験がある。それで不安が強くなり、「薬が切れる時間帯に不安が出ていた」と後から気づいた。
その体験が、薬をやめてしまう利用者さんの気持ちを理解するときに生きている。
薬への抵抗感は誰にでもある。大切なのは、その気持ちを話せる場所があることだと思う。
坂本なつ(精神科訪問看護師)
