その朝、私は玄関から動けなくなった
靴を履いて、ドアノブに手をかけた瞬間、吐き気がした。
足が動かない。そのまま玄関にしゃがみ込んで、しばらく動けなかった。
当時の私は、内科の看護師だった。精神科とは縁のない仕事をしていた。
「メンタルを崩すのは、強くない人がなること」——どこかでそう思っていたのかもしれない。看護師として人を支える立場にある自分が、まさかこうなるとは。
これは、内科の看護師だった私が自律神経失調症で休職した話です。そして、その経験が今の仕事——精神科訪問看護——につながっている話でもあります。
転職してから、何かがおかしかった
4年間勤めた内科病院を辞めて、市民病院に転職したのは30代のころ。注文住宅を建てて引っ越したばかり。新しい生活への期待があった。
転職の際、採用担当の人に言われた言葉がある。
「救急車なんてあんまり来ないから大丈夫ですよ」
それなら自分でもやれると思って入ったのが、運の尽きだった。
配属されたのは外来。希望していた病棟ではなかった。そして救急外来、放射線科、内視鏡、心臓カテーテルチーム——複数の部署を掛け持ちしながら、毎日覚えることが山積みだった。宿直もあった。宿直明けには、そのまま日勤に入る。
体はボロボロだったと思う。でも「頑張ればなんとかなる」と自分に言い聞かせていた。
手取りは18万円だった。
これだけ働いて、これだけの責任を負って、18万円。何かがおかしいと薄々感じながら、それでも続けていた。
誰にも助けてもらえなかった
しんどくなってきたころ、職場の同僚に相談した。
返ってきた言葉は「公務員だから大丈夫よ」だった。
手取りが少なくて困っている、働きすぎてしんどい、という話をしているのに、「公務員だから安定しているでしょ」という答えが返ってきた。まったく噛み合っていなかった。笑えないけど笑ってしまった。
パートナーには相談していた。でも向こうも困っていたと思う。私の愚痴を聞きながら、どう対処すればいいかわからなかっただろう。
「誰かに話したところで何も変わらない」という気持ちが、少しずつ強くなっていった。
体が先に限界を言った
ある朝、いつものように出勤しようとした。靴を履いて、玄関に立ったとき——急に吐き気がした。
足が動かない。冷や汗が出てくる。ドアを開けることができない。
その場にしゃがみ込んで、しばらく動けなかった。
「これはおかしい」と、そのとき初めて思った。頭でしんどいとわかっていても体は動いていた。でもこの朝、体が「もう無理」と言った。
心療内科に行った。診断は自律神経失調症。
休職することになった。3か月間、自宅にいた。
休職中に気づいたこと
休んでいる間、最初は「早く復帰しなければ」という焦りが強かった。看護師が休んでいる、という罪悪感もあった。
薬を処方されたが、飲むことへの抵抗感があった。「薬に頼るのは負けじゃないか」という気持ちがあったのかもしれない。主治医の処方を無視して、自分で飲むのをやめた時期もあった。
そうすると不安が出てきた。「薬を飲んでいるのに不安が出る」と思っていたが、後から気づいた。薬が切れることで不安が出ていたのだ。
今はメンタルが安定している。でもあのときの体験は、今の仕事で確実に生きている。利用者さんが「薬が切れると不安になる」と話してくれるとき、その感覚が自分の体の記憶と重なる。
教科書では学べない理解がある。
精神科訪問看護を選んだ理由
休職して、転職を考えているときに精神科訪問看護の存在を知った。
内科の経験しかない自分が精神科をやるとは、それまで考えたこともなかった。でも「誰かに話すことで気持ちが楽になる」という経験が、自分にはあった。休職中、誰にも助けてもらえなかった中で、ようやく心療内科という場所を見つけて、話せる場所ができたとき、少し楽になった。
その感覚を、自分が誰かに届けられないか。
そう思って精神科訪問看護の道に入った。
最初は本当に苦しかった。内科と精神科はまったく違う。技術や知識だけじゃなく、関わり方が違う。何度も悩んで、その都度勉強して、今もまだ模索している。
「向いていないと感じることはありますか」と聞かれたら、正直に答える。精神科訪問看護は、向いているとは言い切れない。でも続けている。
「わかるよ」という言葉が使えない理由
訪問看護の現場で、利用者さんの話を聞いていると、自分にはわからない苦しさがある、とはっきり感じることがある。
それぞれに生活歴がある。育った環境がある。そこから作られた独特の考え方や、苦しみ方がある。
「わかるよ」とは言えない。
自分がメンタルを崩した経験があっても、それと同じではない。同じ言葉を言っても、まったく違う意味で使っているかもしれない。
だから「わからないけど、想像することはできる」というスタンスで関わっている。
これは謙虚さとか気遣いではなく、正直にそう思っているからだ。相手の苦しみを「わかった気になる」ほど怖いことはない、という感覚が自分にはある。
回復とはどういうものか
精神科訪問看護は、劇的な変化が見えにくい仕事だ。
外から見ると「ただ話しているだけ」に見えるかもしれない。内科訪問看護のように、点滴をして、処置をして、という目に見える作業があるわけではない。
私はいつもこう伝える。「不思議なお仕事だと思っています」と。
対話の中で、相手の調子が見えてくる。困っていることが見えてくる。答えを出すのではなく、一緒に考えて、道筋を整える。目に見えないけれど、確かに何かが動いている。
回復の変化は、小さい。
1年、2年と関係を続けていると、ある日気づく。挨拶してくれるようになっている。部屋の掃除がされている。以前は開かなかったカーテンが開いている。
それだけのことかもしれない。でも、それだけのことが、どれだけ大きな変化かは、そこに至るまでの時間を一緒に過ごしていないとわからない。
話すことで気持ちが整理される
私自身、気持ちがいっぱいいっぱいになったとき、占いに行くことがある。
占いの結果を聞きたくて行くわけではない。正直、結果は気になるけれど。笑。
第三者だから話せることがある、という感覚で行っている。
家族やパートナーには、心配させたくないから話しにくいことがある。職場の同僚には、立場があって話せないことがある。でも、関係のない第三者には、正直に話せる。
話すこと自体が、気持ちを整理する。
頭の中にあることを言葉にすると、少し外に出る。外に出ると、少し客観的に見られる。それだけで楽になることがある。
これは精神科訪問看護でも同じだ。答えを出すわけではなく、話す場所を作る。話すことで、その人自身が気づいていくことがある。
悩めることは、人間らしい
助けを求めることが恥ずかしい、と感じる人がいる。
自分でなんとかしなければ、という気持ちはわかる。私もそうだった。看護師である自分がメンタルを崩すなんて、と思っていた。それが助けを求めることを遅らせた。
でも今は、こう思う。
悩むことは普通のことだ。助けを求めることも普通のことだ。
そして、悩めるということは、人間らしいことだと私は思っている。何も感じなくなるほうが、よっぽど怖い。
私自身、助けを求めることは今もたくさんある。悩みを誰かと共有することは、すごく大切だと感じている。
あなただけで悩まなくていい。同じ悩みを持っている人は、本当にたくさんいる。
誰かに話すことで、少し楽になることがある。それだけでも、話す価値はある。
精神科訪問看護師として、今感じていること
今の仕事を始めてから、何年かが経つ。内科しか経験のない自分が精神科で関わり続けてきた。うまくいかないことも、正直まだある。
でも、あの朝、玄関で動けなくなったことがなければ、この仕事をしていなかったと思う。
あの経験があって、心療内科という場所を知って、「話すことで楽になる」という感覚を自分が体験した。だから今、同じように苦しんでいる人のそばに行く仕事を選んでいる。
利用者さんの話を聞きながら、「わかるよ」とは言えない。でも、「想像することはできる」とは思っている。その想像を丁寧に扱うことが、自分にできることだと考えている。
答えを出すのではなく、道筋を整える。
目に見えない仕事だけれど、それが私の仕事だ。
まとめ
看護師がメンタルを崩すことがある。助けを求めるのが遅れることがある。それは弱さではなく、普通のことだ。
悩んでいるなら、誰かに話してみてほしい。家族でも、友人でも、第三者でも。話すことで、少し楽になることがある。
あなただけで抱えなくていい。
